エリート財務官は恋より仕事に忙しい！

第8話 採用されました

　オズワルドに立食形式をプレゼンしてから数日後。またもやイーディスの職場へやってきたオズワルドによって、立食形式を採用すると伝えられた。

　本来であれば、発案者であるイーディスが会場設営を指導したりするべきなのだが、その辺りはオズワルド側が丸々引き受けてくれることとなった。それに否やはない。イーディスはあくまでも財務官。宴を予算内に収めるのが本来の仕事なのだ。

　さらに言えば、『絵による説明書き』もなぜか大好評で、今後王城で普及させたいとの話も出た。仕事の効率が上がるのは喜ばしいことなので、その辺も全てオズワルドに任せると答えておいた。

　『王太子殿下の成人祝い』について、イーディスがすることといえば、オズワルドから相談を受けたり、各担当の予算配分を調整したりするくらいだろう。

　そんな訳で、現在イーディスが取りかかっているのは、四半期決算(仮)の書類だ。小部屋に籠もる必要はないので、財務課執務室の自分の机で仕事をしていた。

──ふふふ、立食形式に変えた事で大幅に予算が浮いたわ。

　前世の記憶通り、この世界でも着席形式より立食形式の方が圧倒的に安かった。浮いた分は、不測の事態に備えて予備費に充てておける。

「ふふ……うふふふ……この完璧な数字！　このまま年間予算に余裕が出たらリンダール地方の街道整備が出来ないかしら。あ、マルセル地方の交易整備もしたいわ」

　イーディスは出来上がったばかりの報告書を、美しい宝石でも見るかのようにうっとりと眺める。ご機嫌のあまり心の声が全てダダ漏れになっているが、本人は全く気付いていない。

「おいおい、イーディスちゃんが不気味な笑いをしてるぞ」

「本当数字が大好きな子よねぇ～」

「年頃の…しかも、侯爵家の御令嬢が仕事にしか興味ないって…」

　イーディスが変わり者の令嬢だと言うのは、この場の全員が既に周知の上である。それでも、史上最年少の16歳で難関と言われる財務官の試験を突破したのだ。天才と言って間違いないだろう。

「イーディスちゃんが来てから国の貯蓄額はグッと右肩上がりだよな」

　この言葉を聞いたイーディスはピクリと反応した。聞き逃せない内容に、言葉を発した財務官をビシリと指差す。

「それだけではダメなのです！　災害、病気、不作、防衛……不測の事態はいつどこで起こるか分かりません。それに国内の整備だってまだまだ足りていません。街道整備、医療院の拡充、仕事の斡旋…限られた税の中で国民が住みやすい国作りをしないといけないのです」

　イーディスの熱弁に室内は圧倒されたかのように静まりかえる。イーディスの考えは、もはや財務官の範疇を超えている。それこそ国を統べる王族が考えるべき事なのだが、その違和感にイーディスは気付いていない。

　全員がポカンとしていると、静寂を破るように執務室の扉が開いた。

「たっだいま～。……あれ、何この空気？」

　ゆるい空気で現れたのは、この財務課の長・財務大臣であるギルバートであった。今日も今日とて制服を着崩している。

「ああ、まーたイーディスちゃんが熱く語ってたの？　いやぁ、やる気があっていいねぇ～」

　一瞬で状況を把握したギルバートは、気にすることもなく自分の席へと腰を下ろす。

　ギルバートは、イーディスが財務官になる前から面識がある。その優秀さも、仕事一辺倒な性格もよく把握しているのだ。

「ギル様、いつも私が変な事をしているみたいな言い方止めて下さい。私は真面目に働いているだけなんですけど」

　問題児のような扱いをされたイーディスは、口を尖らせて抗議をした。

　『マクレガー家の至宝』とまで称えられるイーディスだが、こういう所は年相応……いや、実年齢よりも幼く見える。そんなイーディスを見て、室内はほっこりした空気へと変わる。

　そんな空気を切り替えるかのように、ギルバートがパンパンと手を叩く。

「さてさて、諸君！　ちょいと聞いてもらっていいかな？」

「あ、ギルバート様がイーディスちゃんをスルーした」

「宰相様かアレン様に言いつけてやろうぜ」

「はい、そこうるさいよー。静粛に！」

　茶化す財務官にギルバートはビシリと指を差す。先程のイーディスと全く同じ仕草である。

「『王太子殿下の成人祝い』が三ヶ月後に迫ってるのは知ってるね。それに大幅な変更が発生した」

　ギルバートの言葉に室内からどよめきが起こる。

　ギルバートは今しがたまで財務大臣として会議に出席していた。どうやらその会議というのは、『王太子殿下の成人祝い』についてのものだったらしい。

「式典としては前例のない立食形式での開催に決まった。食事は一口サイズでの提供で、参加者が自由に取れるようにするそうだ。食材や提供料理も我が国の特色を活かしたものとなる。あとは、実演料理っていうのをするらしい」

　ギルバートも実演料理のイメージがついていないようであった。財務官達も「何だそれ？」といった顔で首を捻る。

「うんうん、やっぱり皆そうなるよね。イメージ図も渡されたから後で見てみて」

　ギルバートがヒラヒラとさせた書類は、イーディス考案の『絵による説明書き』であった。新たに書き直された上に、色も付けられていて、より分かりやすい。

──というか、さっき会議で発表したの！？　大臣達より先に私に伝えちゃダメじゃない！

　イーディスは、昨日のうちにオズワルドから立食形式を採用すると伝えられていた。立食形式に決まったからこそ、四半期決算(仮)に取りかかったくらいだ。

「さてさて、我々財務課に関係あるのはここからだよ。今回の立食形式、試算額はどのくらいだと思う？」

　ニヤリと笑ったギルバートに執務室は再度ざわめきが起こる。

「前例がないって…予想すら出来ないんだけど」

「もしかして、予定額をオーバーするんじゃないか？」

「予算内に収まらないとなると、貯蓄から切り崩すようになるわよね…」

　財務官達が困惑する中、発案者のイーディスだけは口を硬く閉ざしていた。今更になって自分の提案が異彩を放っていたのだと気付いたのだ。

「オズワルド殿下の方で簡単に試算してくれたんだけど……なんと！　今までの三分の二！」

　ギルバートの演説めいた言葉に三度（みたび）室内がざわつく。発案者である、ただ一人を除いて……。

「驚愕だよねー。まぁ、初めての試みだから一応予備費として計上しておくけど、大臣達も目ん玉かっぴらいて驚いてたよ～」

　あははは、とギルバートか楽しげに笑う。それを聞いたイーディスは、一人戦々恐々としていた。

──そ、そんなに驚くことだったの！？　こ、これは確実にやらかしたっ！

　オズワルドからは、イーディスが発案者ということは伏せると言われている。あの時は気にすることもなく二つ返事で了承したが、まさかここまで驚かれるものだとは予想もしていなかった。

──わ、私が発案者って知られなくて良かったかも。オズワルド殿下、ありがとうございます！

　領地発展の時、大騒ぎになったのは子供心によく覚えている。あの時のようにならなくて良かったと内心でホッとする。

「全くすごい発想だよね～。いったい発案者はどこの誰なんだか…」

　一瞬ギルバートと目が合ったような気がした。ギルバートはこういう所は妙に鋭いのだ。

──ギル様、絶対私が発案者だって気付いてる……。

　まだ室内がざわつく中、イーディスはそっと目を逸らすのであった。