第6話 プレゼンテーション

「それでは、現在把握している所まで説明します」


 小部屋の隅には一人掛けのソファが四つある。会議をするための物で資料を広げるテーブルも備え付けてあった。


 オズワルド、アレン、ルーカスが席に着いたのを確認して。イーディスはテーブルに資料を広げた。仕事モードに切り替わったイーディスは、プレゼンをするかのように説明を始めた。


「警備に関する予算は、概ね問題なしです。隣国の王族方の滞在先も離宮ではなく、城内の貴賓室を使用する事で費用も抑えられています」

「ふむ……その方が警備を城内に集中出来るな」


 オズワルドも今ばかりは真剣だ。


 『王太子殿下の成人祝い』──王太子が成人したという事を内外に知らしめるのが今回の目的だ。祝われる側であるオズワルドが主催者となるのは、王太子としての統率力などが試されるからだ。


 この宴が失敗すれば、次期国王としての評判に傷が付いてしまう。だからこそ確認にも余念がないのだろう。


「ルーカス。お前の目から見て、この警備態勢はどうだ?」

「はい、問題ないです。強いて言うならば、会場の警備の何名かは参加者に装っておきたいところです」

「確かにな。不測の事態にも備えておくべきか」


 イーディスもなるほどと感心した。一応、イーディスも歴代の宴の資料を全て読み込み、人数や配置などについて勉強はした。それでもやはり本職にしか気付けない事は多々あるのだ。


 オズワルドとルーカスの警備の話が一段落するのを待ち、イーディスは次の報告書を広げた。


「次は食事面についてです。現在は通例通りコース料理の提供となっています。ですが……私から一つ提案があります」


 そう言ってイーディスが広げたのは、料理についての報告書であった。今回の宴で予算を多く取っているものの一つだ。


「今回は思いきって形式を変更されてはいかがでしょうか?」


 イーディスの思わぬ発言に、オズワルド達も目を見張っていた。それに構わずイーディスは話しを続ける。


「コース料理ですと厨房、配膳共に人手がかなり必要となります。料理提供までに時間のズレがでてしまうのも問題です。

そこで、立食形式で好きな物を各自取って食べられるようにするのはいかがでしょうか」


 イーディスの説明を聞き、オズワルドは報告書を手に取って読み始めた。そこにはいつもの厨房人数ではメニュー提供までにズレが生じることなど、いくつかの懸念が記されていた。


──前世でも着席形式より立食形式の方がコストは抑えられるのよね。


 仕事関連以外は前世の記憶がないというのがイーディスだ。経理や財務でもないのになぜ食事形式を覚えているかというと、答えは簡単だ。宴会・接待などの経費を処理したことがあるからだ。


 数人の着席形式より、その倍の人数でも立食形式の方が安価なのは衝撃的であった。個人的に興味を持ってプライベートで色々調べていた事があったのだ。


「確かにコース料理だと懸念事項は少なくないな。しかし、立食形式とは……」

「立食形式の宴なんて聞いたことがないですね」

「舞踏会みたいな感じか……?」


 オズワルド、アレン、ルーカスも前例のない提案に驚きを隠せないようであった。


 この世界では、祝宴=晩餐会といった感じだ。舞踏会で会場の隅に軽食が置かれることはあるが、前世でいうところの立食パーティーは普及していないのだ。


 だが、経費を抑えるのが財務官であるイーディスの役目だ。国民からの税金なのだから、抑えるものは抑えなければならない。イーディスに仕事関連だけ前世の記憶が残されているのもそのためだろう。


「舞踏会のように隅に料理を置くのではなく、会場のいくつかに設置するのです。飲み物のスペースも作り好きな物を自由に取れるようにします。会場の隅には休めるように席も設置しておくといいでしょう。

食事は、立ったままでも食べやすいように一口サイズで提供します。見た目にも可愛らしくて華やかになるので宴にはピッタリです」


 そこでイーディスは、イメージが掴みやすいように一枚の絵を差し出した。そこには会場の全体図、料理の一例が描かれていた。分かりやすく注釈も付けてある。


「ほぅ、これは分かりやすいな。イディが書いたのか?」

「はい。拙い絵で申し訳ありませんがイメージが掴みやすいかと」


 三人とも絵による説明という斬新な手法に食いついていた。この世界ではこういったものがないのかもしれない。


──またやらかしたかなぁ。まぁ今は立食形式の説明の方が大事よね。


 問題を先送りにし、イーディスは話しを続けた。


「厨房の皆様が忙しいのには変わりありませんが、一口サイズにする事で食材を大量に仕入れる必要はありません。それに、立食形式にする事の最大のメリットは交流です!」


 ここまで話したところでオズワルドの口が弧を描いた。どうやらイーディスの言いたいことを察したらしい。


「立食形式ですと着席している時よりも交流がしやすいのです。次期国王であるオズワルド殿下が積極的に交流をすれば、我が国が友好的である事を他国に示すことが出来ます」

「新しい試みをする事で国力を見せつけることも出来るという訳か」


 政治面でのメリットもしっかり把握しているあたり、流石オズワルド殿下だ。とても断り続けている相手を婚約者だと言い張る人物には思えない。


 それはさておき、既にオズワルドが立食形式に好意的である事を感じたイーディスは、ルーカスへと向き直った。


「ルーカス様、これは警備面でもメリットがあります。騎士を参加者や給仕に紛れ込ませやすいのは言うまでもありません。何より席が固定ではないので何かを仕掛けられることもありません」

「……一理あるな」


 王太子であるオズワルドが会場内を動き回るとなると新たな問題も出るが、そこはルーカスが護衛するので大丈夫だろう。


 次にイーディスは、アレンへと向き直った。


「お兄様、これはオズワルド殿下の即位を盤石にするためのチャンスです。他にも他国にない試みを考えてありますので、どうせなら我が国の国力を存分に見せつけましょう」

「ふぅん……新たな試みか。悪くないね」


 笑みを浮かべるアレンだが、笑顔がドス黒い。この機会に反王太子派をどうにかするつもりなのかもしれない。


 最後にイーディスは、オズワルドへと向き直った。予算を抑えるためにここでダメ押しをするべきだろう。


「オズワルド殿下! 多くの人との交流はこれからの治世に繋がります。何より、殿下もただ座ってお祝いを述べられても疲れるでしょう?」


 イーディスは、令嬢らしくすまして微笑んでみせた。


 まさかそう来るとは思わなかったのか、一瞬その場が静まり返る。しかしすぐにオズワルドは楽しそうに笑い出した。


「くっ……ははっ……もっともだ! 大人しく座っているのは性に合わん!」

「それに、着席形式ですと女性は結構大変なのです。無駄にふわふわひらひらしたドレスを着て何時間も座りっぱなし……正直食事どころではないのです」


 腰を締め上げられた状態での着席。あんな状態で食事など地獄でしかない。うっかりイーディスの本音が出てしまう。


「……イディ」

「……無駄……っ……」


 なぜかアレンは呆れた顔をし、ルーカスは笑いを堪えていた。オズワルドなど先程から笑ったままである。


──何かしら? そんなに笑うようなところあった?


 真面目にプレゼンをしていたつもりのイーディスは三人の様子に小さく首を傾げた。侯爵令嬢なのに着飾ることには無頓着なのだ。


「っ…くくっ……分かった。前向きに検討してみよう」

「本当ですか!? それでは、立食形式の説明書類と食事についての参考メニュー。あとこちらは組み直した経費。それでこちらは考えられる問題点と改善案です!」


 ぱぁっと明るい笑顔になったイーディスは、個人的に作成した提案書や参考にした本を三人の前に山と積み上げた。


「この用意周到さ……流石はイディだな」


 予算が大幅に削れると喜びを隠せないイーディスに、オズワルドはまた笑い出すのであった。

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