第二幕『叶うならば側にいて』
file.04 Project M
男子トイレの個室の一つ。清潔ではあるが狭いその空間で石崎と本田は向き合っていた。
本田は神妙な面持ちで語り始める。「石崎さん、アンタの言う通り三上叶恵”前”所長は飛行機の墜落事故で死んでいる。」
石崎はやはりと思ったが、彼女の説明を息を呑んで待った。
「アンタが会ったのはウチらが作ったミカミロボってワケ。詳しく話すと、三上叶恵の思い出や知識、経歴を機械学習させてそのデータを自立歩行ロボットに組み込んだ、生きる屍だよ」
「待て、それじゃああんなに人間らしいのは妙だろう」
「それは、ウチらの仲間には特殊メイクアーティストが居て、キモいくらい良い仕事をすんの。人間の肌の質感、顔の筋肉を動かした時にできるシワ、どれも完璧に生前の三神所長に作った。多分、ソイツにも後で会えると思うよ」
「どうして死んだ人間を蘇らせる様なことをしたんだ?」
「そう、そこからが本題。三上所長には恋人がいた。それは私の親友で、橘花穂って女性社員。穂・・・そう、ミノは三神が死んだ事実を受け入れられず、私たちの研究方法を流用したプロジェクトMを発足した。」
「そのプロジェクトの完成形がアレってことか」
「いや、まだプロジェクトMは終わっていない。私たちはゼロから三神さんを創り上げたけど、どんどん暴走して、今となってはアンタの会った三神所長がこの研究施設を牛耳っている。何人もの研究者が彼の実験に使われて死んでいった。幸い、アイツの企みにウチら技術者が必要らしくて当初のプロジェクトMの初期メンバーは生かされているけど・・・」
本田は顔に影を落とす。目を潤ませ、涙を堪えているようだ。
「お願いします。ウチの親友、ミノを助けてください。」
「助けるってどういう・・・」
「あんまり長いと三神が怪しむ。後で隙を見て3階のトイレに行って。そこから私たちのセーフスポットに案内するから」
そう言われ、石崎は仕方なく三神アンドロイドの待つ所長室へと帰った。
心臓は破裂しそうだった。とんでもないことに巻き込まれたみたいだ。
「おう、所長サン。待たせたな」
「ふむ、心肺が安定していない様だけど、どうかしましたか?疲れが抜けていないのかな。」
そう言われ石崎はドキッとした。この機械人間はバイタルまで分かるのか。
返答に困っていると、後ろから本田さんがひょうきんに言った。
「いやぁ、ウチが石崎さんちゃんとトイレに行けたかな〜って扉の前で待ってたから、大変驚かせちゃったみたいですねぇ。」
「そ、そうだぜ、本田さん。あんまし年寄りをおちょくってくれるなよ」
「そうか、2人が仲良くなれそうで何よりだよ」
___その後はこの研究室でワークショップを行おうという話と、報酬金の小切手へのサインの確認等をして医療工学の話に花を咲かせた。かつて”生前の”三神が発案した歩く車椅子は車椅子ユーザーの階段の昇降や段差で躓いてしまうトラブルに対処できると言うことで、瞬く間に案が採用されて、石崎自身も機械の設計に当たった。それがこの10年で富裕層にまでは普及ができたらしい。後は価格帯を下げることができればもっと多くの人を救えるのにと三神は悲しい顔をした。熱く語る三神を見ながら、石崎はますますこれが生きている様に見えて気味が悪かった。
小一時間話したところで本田が三神へ声をかけた。
「そういや所長。鵜久森クンが例の件で所長に確認したいことがあるって言ってましたよ。一回ラボまで行ってあげてね」
例の件、と聞いてすぐ三神は手元のファイルと鞄を手に持ち立ち上がった。
「石崎さん、せっかく来ていただいたのになんのお構いもできなくて申し訳ない。もしよければ懐かしの研究所を見ていってください。とは言っても、職員はほとんど留守にしているので静かなものですが。。まあ、気になさらないで。もしよければ泊まれる部屋もありますから、ゆっくりして行ってください。」
「ああ、所長も忙しいところ、ありがとうな」
「とんでもない!お話しできて嬉しかったですよ・・・石崎航さん」
笑顔で言い残し、足早に三神は去った。本田さんの方を見ると、顎をくいと動かした。着いてこいと言うことだろう。
本田さんはわざとらしく「じゃあ、こっからはウチが案内させてもらいますね〜」と明るくいい、エレベーターホールへと向かった。
廊下では全てが盗聴されているらしく、本田さんはたわいもない話をしている
「以前の研究所ってどんな感じだったの?10年前って想像できないなー」
「おう、今より掃除されてなくてそこら中ゴチャゴチャしてたな。あの部品はどこだー!つって。」
「あはは、三神所長が綺麗好きだからさ」
声は明るいが、2人とも笑っていない。本田はエレベーターを降りて左右を確認すると、石崎を手招きして3階の多目的トイレへ足を踏み入れた。ついて入ると、物入れの様な扉の鍵を開いた。小さなその鍵はポッケから出てきた鍵束に紛れているようだ。
多目的トイレの物入れは下階へ続く階段になっていて、暗いその階段を2人で降りていく。
下には狭い部屋に2台のパソコンとテーブル、小さな冷蔵庫が置かれていた。
2台のうち1台のパソコンの前で大柄な男が背中を丸めて座っている。
「カイ、お客さん。」
カイと呼ばれた大男はのそりとこちらを向き、ペコリと頭を下げるとまたパソコンへ向き直った。
「ごめんね、石崎さん。彼めっちゃ無口なの。この部屋は変な男ばっかりで嫌になるよ、ホント。あの大きいのは海江田千春。三神所長の身体を作った張本人で、医療工学界のエリートエンジニア!もう1人シズっていうのが鵜久森静樹。特殊メイクの職人さん。カイよりシズの方が喋りやすいけど、あっちも変人だから」
「本田、もう1人紹介する奴がいんだろ」
海江田は部屋の奥を親指で指し示した。そちらへ目線を移すと、ヒョロリとした長身の男が立っている。
「そうだった、大事なことを忘れてた。カナカナも紹介しなきゃ」
カナカナ、と呼ばれた男は暗がりからおずおずと歩いてきて裸電球の下まできた。
そこで石崎は気がついた。
「こっちが三上叶恵ゼロ式、ウチはカナカナって呼んでる」
カナカナと呼ばれた三上叶恵型のアンドロイドは頭を深く下げた。
「石崎さん、初めまして。僕は三上叶恵を搭載したアンドロイド、ゼロ式です。見た目は三上叶恵とは違いますが、人格はあなたが研究所にいた10年前、僕が23歳の時の三上叶恵です。」
そう、見た目には瞳と同じ赤いリボンで黒い髪をすずめの尻尾のように結んでいる。本物の三上叶恵は目も髪もダークブラウンで、いつもこざっぱりとしたショートカットだったので、目の前の彼が三上だと言われても実感は湧かない。しかし、その言葉遣いは正しく石崎の知る三上叶恵その人であった。
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