file.03 三神叶恵という男
正面玄関の入り口に足を踏み入れると、入館前に身体をスキャンされる。危険物を持ち込まないように、金属類やバイタルをチェックされるようになっているのだ。スキャンと消毒を済ませてロビーに進めば、いつも暇そうに待機している受付嬢もいなかった。その代わりにフロア中に機械的な音声が響きわたる。
『イシザキワタル様 ようこそ ジュラシック医療工学研究所へ 担当の者が参ります お掛けになって お待ちください』
音声と同じ文言が受付上の電子掲示板に流れている。
「ほぉ、人件費の削減ってやつか。随分と技術が進んだもんだなぁ・・・」
ソファに腰掛けて、周囲を見渡す。外で感じた埃っぽさとは裏腹に、研究所内は明るく清潔な状態だった。床は磨き上げられているし、花瓶には黄色い花が生けられている。人が出歩いていないこと以外は何も違和感はなかったが、そのアンバランスさが不安をより一層掻き立てる。
そう長くは待たず、廊下の奥から女が歩いてきた。茶色い髪を一本のポニーテールにした若い女性だ。
「お待たせしましたぁー。ウチ、案内役の本田って言います。石崎さん、ようこそおいでくださいました。所長がお待ちですから、早速お部屋に行きましょう」
「ああ、よろしく頼むよ」
「石崎さんはコーヒー派?紅茶派?お水派?」
「もっぱらのコーヒー党だよ。本田さんは?」
「ウチは美容のためにお水一択ですねぇ」
この本田という女性はなんとも間の抜けた印象だ。同時に、芯のある印象も感じ取れる。そして淡々とした、無駄のない会話。・・・恐らくIT関係の人間だろうことは、初めて会う石崎でも感じられた。それはいいとして、石崎は最も大切なことを聞こうと口を開いた。
「本田さん、不躾な質問で申し訳ないんだが、三神所長ってのは5年前、、、」
「そういえば!ウチらいま面白い研究してるんですよ。知ってます?偉人のコピー人格を作って、福祉施設で講演やったり歌手には歌ってもらったり〜的な?」
もちろん、このJIMEで行われている研究は紙面を飾るので当たり前に知っている。この施設では脳医学の研究の延長線で偉人の性格などをAIに機械学習させて同じ言動をとるコピーロボットの製造に注力している。それは介護施設での演説や同じ研究分野での討論などに流用され、様々な分野での発展を期待する研究だ。ただ、故人を蘇らせることに対してのモラル面で賛否両論ではあることを石崎はよく知っていた。
それはそうとして、本田は必死に話題を逸らすように石崎の言葉に被せて声を張った。やはり、三神所長の事故についてはタブーなのかもしれない。正直なところ、この本田という女性が敵か味方かも分からない。石崎は震える手をいなす様に軽く腕をさすった。
次第に所長室に到着した。
本田はノックを3回して、扉を開ける。
「所長。石崎様が到着されました。・・・石崎さん、中へどうぞ」
「お邪魔します。10年前にここで働いていた石崎です」
「石崎さん、お久しぶりですね!三神です。三神叶恵です」
にこりと微笑む青年はあの若き天才、三神本人で間違いなかった。
5年前の事故で亡くなったはずの三上叶恵は当時と同じ物腰の柔らかさで、目の前に立っている。石崎が彼と最後に会ったのは20半ばだったので、さすがに大人びた印象へと変化していた。しかし顔にシワの一つもない、美しい青年でもあった。真っ白なシャツは第一ボタンまで留めて、汚れひとつない白衣を身に纏っている彼はまさに「完璧」だった。
「どうぞ」と、所長と石崎の前に置かれる。コーヒーカップも、純白。
生きている三神所長を前にした今でも、やはりここに来るまでの違和感は拭えなかった。
「さて、ワークショップだったかな。それの話をする前に手洗い場を借りてもいいかい?長旅で少し疲れているんだ」
「そうですよね、気が付かず失礼いたしました。どうぞ、ごゆっくり」
石崎は顔を洗って意識をハッキリさせたいと思い、離席を提案した。
三神は微笑んで応えたので、ありがたくその場を後にした。
過去に通っていた場所なので手洗い場はすぐに分かった。顔を洗い、軽く歯を磨く。タオルで顔を拭ってもう一度鏡を見ると本田が後ろに立っていて、石崎は思わず声を上げた。
「ほ、本田さんっ?!」
「静かに。着いてきて。」
本田は男子トイレの奥の個室に入ったので、石崎もおとなしく着いていく。
鍵を閉めたことを確認して、本田は小さな声で話し始めた。
「廊下や部屋のひとつひとつは三神に盗聴されているからここで失礼するね。石崎さん、アンタの言う通り三上叶恵”前”所長は飛行機の墜落事故で死んでいる。」
石崎は胃が痛くなるのを感じた。
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