パレードⅣ―美の秤ノ守―Ⅱ
中性的な声だ。天使というのがいるのならきっとこのような声なのだろうとも思う。高めながらも落ち着き、柔らかく透き通る。ずっと聞いていたい。
「あ!見て見て!そろそろシニアが通るよ!」
身振り手振りが大きいのだろう、全身を覆い隠す布が大きくはためいている。滑稽でさえある。
「ベアウ?」
「うん!久しぶりだね!モネ!」
「久しぶり」
モネの知り合いらしい。彼女が金の秤ノ守であることはこの価値域に来てから一度も明らかにはしていない。洞窟に居たリベルからして数多くの人間と触れ合ったといえど、まだ知らない者の方が多いはずだ。それに少なくとも、どうしたってこんな珍妙な者を見れば忘れるはずもない。
「誰なんだ?アンタ」
「こら。そんな敵意むき出しで聞かない」
リベルはモネに頭を無理やり下げさせられた。
「いや、いいよ。君がリベル君だね。初めまして、僕はさっきもモネに呼ばれたように、ベアウっていうんだ。よろしくね」
「おう。それで?じゃあ、何なんだ、アンタ」
「もう!なんでそんなに今にも攻撃しそうなの!?やめてよね!もし殴りでもしたら下手するとイチバン面倒なことになるんだから。この子……この人はね、美の秤ノ守の次代を担う人だよ」
「……モネと同じ感じか」
「そうだね」
リベルはまだ納得いっていないのか、臨戦態勢は解くもその目は鋭いままだ。モネは内心かなり焦り、ベアウと肩を組んでみせる。
「ほら、私の友達。敵じゃない」
「敵とは思ってない。ただなんか……」
「あの、もういいかな。そんなことだとシニアが通り過ぎて行っちゃうよ」
足元まですっぽりと隠すほど長い布からわざわざ手を出してその方向を指し示す。その手も骨ばった男らしさにも寄り切らず、細くしなやかであったり、柔らかそうであったりという女らしさにも寄り切らない。どこまでも中身が見えない。
なおも品定めするように見るリベルであったが、シニアという言葉が気になってその先を見てみた。するとそこには、黒をも飲み込むほど黒い立方体が神輿のように担がれ運ばれている。
「なんだよ、あれ。シニアってなんだ?」
ベアウとやらが答えてくれる。手をしまい込んだと思ったら、頭だろう箇所が上下に動いて、さらにすとんとシルエットがすっきりしたので腕を組んでいるのだろう。
「シニアはね、今の秤ノ守のことをいうんだよ。ここではただシニアっていう場合には、今の美の秤ノ守のことになるね。モネのところでもたぶんそうだよ」
「うちのところもそうだね」
また頭部部分が縦に揺れる。
「人じゃないのか。あれは箱だろ」
「そうだね。箱だよ。けどね、中にはシニアが入ってるんだ。その次代が生まれると、入ることになる。一度入ったら二度と出てくることはない。ああでも、ちゃんとたくさんの食料も入れて、ベッドも入れているよ」
なんてことはないと慌ただしくその手を動かしているのだろう。浮き出ては消えを繰り返す手からは、すっすっと布がこすれる音がする。
「だからって、じゃあ、あの中にいるシニアっていうやつは生きてるのか。次代が生まれたらって、どのくらい経ってるんだよ」
「あはは~、うーん。十六年くらい……かな~」
「保つわけないだろ」
あっけらかんと、剽軽な態度ばかり取っていたベアウでも、力なく頭を垂れ、ぼしょぼしょと話を返す。
「そう、だよ。でも、パレードに参加しているみんな、それを周りで見ているみんな、みんなみんな楽しそうでしょ。その目がとても輝いてる。体美派も、神美派も、スラムだって、そんなの関係なしに。一体になってる。そんなこと言ったって、どうなると思う?リベル君」
「知らない」
「知らない、じゃ困るなぁ」
ベアウは後頭部を掻いているらしい。声の調子も戻ってきた。話を続け、あの黒い箱について語りだす。
「あのブラックボックスは、もう二度と開かれない。この意味はね、あそこには〝生〟と〝死〟の両方が入っていることを指すんだ。この世の、〝生〟は〝始まり〟を、〝死〟は〝終わり〟を。そのどちらもが内在するあれは、あれだけでこの世のすべてを内包する。すべてなんだ。〝美〟としてこれほど完成することもない。見えないけど、そこにすべてある。そのすべての内に秤ノ守がいて、僕らは安心して〝美〟の価値を信じて邁進できる」
リベルはある程度は理解したようだ。しかし、聞きたいのはそんなことではなかった。
「あんたは、あれに入りたいのか」
ベアウが後ずさった。
「まさか!心配してくれるのかい!?……でもどうしたとしても、僕はこの役から逃れられない。シニアを実際には見たことはないけど、物心ついてからあのシニアの様子を見て、いつしか近いうちにそうなることを教えられてきた。受け入れるよ。それでもそうだね、ありがとうとは言っておくかな」
布からサムズアップが出てきた。気に入らず、リベルはそれを即座に払いのける。
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