パレードⅢ―美の秤ノ守―Ⅰ

「それにしても、君たちずっといたね」


「え?まずかった?」


 事前の話に従わず結局ずっといたモネたちについて、ライが恨みがましく言ってくる。しかしモネがそよ風に吹かれたかのように軽く返すものだから、ライはさらに不機嫌になってしまった。険悪というほどではないが、先のライらの話をすべて聞いた手前、そもそも居づらさはマックスである。耐えかね、リベルは一言言ってみることにした。


「何か悪かったか?ぼくたちはそこに居ただけだ」


「いやだからね、込み入った話になってきたら離れるって言ってたじゃないか。なのに一歩も動かなかった」


 リベルはモネの邪悪な笑みを浮かべるときの気持ちが少しわかった気がする。


「うん?少なくとも一歩は動いたぞ。じゃあ問題はないな」


「子供みたいな屁理屈を……。はぁ。そういえばそうか、まだ子供か。もういいよ。今後会うこともそうないだろうから」


 額に手を当て疲れ切った顔をするライである。


「なんでだ?教室で会うだろ」


 ライに走り寄り、その服を引っ張ってせがむようにリベルが問いかけるも、首は振られ、


「いやぁもう、あの教室はたたむよ。……僕にそんな権限はないか。でも、僕はコイツと同じように絵の先生をやめる。それで僕も描きたいものを描くっていうのをやってみようと思うんだ。ごめんね」


 とはにかみとともに言ってくる。ここでモネはリベルがきっと駄々をこねるだろうと思ったが、それは杞憂だった。リベルは利き分け良く、すんなりとライの服から手を離す。泣きじゃくるわけでもない。ただ一言「そうか。ならさせるしかない」とだけだ。その声には一本の芯があるようだ。


 今までの幼さの残るリベルを見てきたライと男は、目を大きく見開き見合い、二人して微笑む。続けて男はリベルの肩に手を乗せ語り掛けてくる。


「もうそろ美の秤ノ守様のパレードが始まる時間だ。会うことは叶わないが、見に行ってみるといい。きっと〝美〟の一端は見れるだろう。私たちはもう行く。ライにこのライフスタイルの指導でもしてくる。このまま放っておいて次見たときには餓死というのは寝覚めが悪いからな。それではな」


 パンっと肩を叩き反動を使うがごとく、後ろを向いてライを引き連れて去っていく。彼らの姿を見送りながらモネがリベルに並んできた。


「神美派っていうくらいだから、やっぱり体美派たちほど単純でもないか。うーん、うまくいくかな」


 またなんぞのことか悩んでいるらしい。


「そうか?結構あいつら見てると単純な気もするけどな」


「だってうじうじ自分の、自分の~ってやればいいのにやらないで勝手に悩んで周り巻き込んで大爆発したのちに、一人スッキリした顔って余計なことしてるでしょ」


 聞いてリベルは何時しかの言葉を思い出す。


「だからこそ、なんだろ」


 モネも思い出したらしい。しかし癪に障ったようだ。首肯はしなかった。


「まだ早い!」


 力強く背中を叩かれ、リベルは咳込み、吐き出させられる。人を殴っておいてスッキリしない顔つきのモネはいったい何が満たされないというのか。怒りよりも疑問が大きいが、おそらくこの場合に質問をすればさらなる暴力を振るわれるだろうと、リベルは口をつぐむ。喧嘩とも言えないような、どちらが悪いかといえば先に手を出したモネであろうなか、こちらばかりが悪いような雰囲気に押し黙らせられ、噴火直前の緊迫のような状態が続く。


 どれほどの時間が経ったのだろうか。永遠に思われるほどだ。今まで怒られることは何度かあったが、ここまでのことはなかった。ここは一度離れようと、反対方向に歩こうとしたとき、音楽と人の歓声が沸き立ってきた。


 見ると広場に向かって集団が歩いてくる。筋骨隆々な者、しなやかな者、楽器を鳴らす者、彫刻を担ぐ者、自らを美しく飾り立てる者、歌う者……様々な者たちが入り乱れながら歩いている。リベルでも分かるほどに、あれには体美派と神美派の双方が参加している。


 これまで見てきた両者の態度からしてもっと乱闘が生じてもおかしくないだろうにそんなことは一切ない。それどころか、協力して体美派が神美派の演奏に合わせてダンスをしているようである。演劇での俳優たちと同じような部類であるかもしれないが、先の筋骨隆々な者も慣れないステップを踏んでいるから、そうに違いない。神美派ではわざわざ自らの肉体をあそこまで鍛えて大きくする必要性もないし、ライたちを見てみれば自分の得意を表現に使うようであったから、あそこまでお粗末なダンスにもそうそうなるまい。それでもやはり、楽しそうだ。


 リベルはもう好奇心の弾丸となってモネに飛んで行かざるを得なかった。。


「なぁモネ!あの人間たちはなんだ!?これまでで一番、キレイだぞ!」


 まだ怒っているようだが、こちらを振り向き、集団を視認し、教えてくれる。


「あれはね、さっきのおじさんたちが言ってたパ——」


「パレード!だよ!」


 リベルは突然の大声に、モネは自分のせっかくのセリフを盗られた忌々しさに、バッと振り向いた。そこには、シーツを頭から引っ被った変人がいた。

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