パレードⅤ—美の秤ノ守―Ⅲ

「〝永遠〟がないじゃないか。ぼくは美がどんなものかは知らない。体美派も、神美派もそれだけだとそこまで魅力を感じなかった。ここに来て、あのパレードを見て、ぼくは初めてキレイだと思った」


 ベアウも、モネも意図を図りかねている。モネがついに口を出す。


「何の関係があるの?」


 厳しさはなく単純な疑問として聞いてくる。


「ぼくは、きっと〝美〟っていうのは、そんな身体とか精神とか、分ける必要なんてなくて、むしろどちらも合わさる方が結局はまとまりがいいんじゃないかって思うんだ、よ。なんて言えばいいんだ。もっとより、その方が、感覚的に?分かる気がするっていうか」


「あー……、線引きによる具体化から我こそは究極って目指すよりも、混然一体となってしまった方がより抽象的レベルで〝美〟について考えられるんじゃないか、みたいなこと、かな。どう?リベル」


「うーーん?たぶんよくわかんなかったけどそんな感じだ」


「ええ、すごい頑張って補ったのに」


 モネとしては最早いつものごとくで、呆れ半分に肩をすくませるが、ベアウは考え込んでいるようだ。顔がわからなければ、体つきもわからない。ジャスチャーもほぼゼロだというのに、なぜかどんな仕草、顔をしているかまで想像できる辺り不思議である。見ているとただなんとなくわかるのだ。


「なるほど、そういう意味での〝永遠〟か。面白いね。言いたいのは、この世は何も〝生〟と〝死〟だけではない。だから、ブラックボックスですべてを内包するというには足りないっていうことだね。いいね、面白いよ、本当に」


「おう。〝始まり〟も〝終わり〟もないものだって、〝始まり〟はあって〝終わり〟はないものだってあるはずだろ。何となく、絵とか音楽、物語っていうのはそんな感じがする」


「リベル君。でもそれなら、ちゃんと〝永遠〟だってあそこにあるよ。だって、あの中は生死不明。二度と開かれることもない。つまりは〝永遠〟に謎」


「ふん。屁理屈だな」


「君が言うのか。やっぱり面白いね」


 ベアウはそれからくるりと一回転をして「それなら」と付け足し始める。


「リベル君は、美には〝永遠〟がある、少なくともそうしたものもあると思ってくれているわけだね。そうだね、確かに。正直今までの話はあのブラックボックスについて語るために放った言葉たちでしかない。だから、僕だってもちろん、単純に、美が〝永遠〟を指すことはあると思ってる。

 それに実際、僕の価値域において、決着が見えることがない。今は二つのふるいと一つのボウルだけど、過去にはもっとたくさんの派閥があった。そうした過去の内に今のような状態も、もちろんあった。

 結論さ、正答なんかできっこないんだ。いつだって、どうしたって、時代時代によって改正が起こる。必要的なのか、衝動的なのか、それはわからない。でもきっと、美の追究っていうのは、こうしたことの繰り返しのことを指すんだ。そして……うん、リベル君の言う通り、〝終わり〟がない。それこそが、美の源泉であり、究極の美なのさ」


 リベルは予想以上の返しを食らい、何も言うことができなくなる。自分よりもよっぽど考えているらしいベアウには、未だ毛嫌いが残るも少し同情めいたものを感じてしまった。とはいえ、やはり何か言葉を発することができない。隣のモネを見やれば、彼女も憐憫の目を向けているようである。


「そっか、私さ、こうして実際ここに来て、もっとジャンル分けをしてみたらって考えていたんだけど、それも難しいんだね。そうしたところで〝美の追究〟なんて目的語が大きすぎてとてもじゃないけど、一つになんか絞れない。なんだか、他の価値域よりも特に難しそうに思うくらいだよ」


「そうだね。こうしてみると、僕が言うべきものじゃないんだろうけど。モネ、君が少し羨ましいよ。君のところのおカネは、それそのものに価値がある。本当にとても、シンプルだ」


 モネはかぶりを振る。


「価値域の拡大はするつもりないの?正直さ、ここまで色々話してきたけど、美なんてものは見た者を魅了するかしないか、この点に尽きると思うんだ。だからもっと外に発信してみるっていうのはどう?例えば、他の価値域に送ったりさ」


 ベアウはまたてるてる坊主になる。


「それは、ここに来てくれることにしっかりつながるのかな」


 モネは見慣れた笑顔をしてみせる。


「さぁね。それこそ、美の価値域の腕の見せ所、なんじゃない?」


 てるてる坊主が今度は風にたなびいた。


「……好きにしてくれていいよ。僕たちは例のごとく、深く関与するつもりも、入れ込むつもりもない。というかできない。美を体現する者は、値域民の視認できるところにあってはいけないし、どちらかどこかに傾倒することもいけない。シニアだって、言葉を発することもないだろうさ」


「分かった。ありがとね。じゃあ、また。リベル行くよ」


 モネは、地面に突き刺さっているのだろうリベルの手を引っ張り、強制的に動かそうとする。―—予想とは逆にすんなり動いた。


「うん。また、会えるといいね」


 モネの振る手にこたえるためにベアウはその外套からしっかり手を出して振り返す。急に強張ったかと思えば、慌てて付け足してきた。


「そうだ!モネ!君もお務めご苦労様だよ!幸運を!」


「はは!よく言うよ!」

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秤ノ守 新木一生 @K0M4

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