体美派Ⅷ―テニス—Ⅲ

「プレイ!」


 ポローは叫びつつ、手でボールをついてサーブの構えをする。リベルはレシーブのため腰を落とし、ラケットを前に構える。トスを上げた。腰をぐっと曲げ、膝を折り、溜めたすべての力をボールに一瞬で移す。リベルが気付いてラケットを振った時にはボールがフェンスを叩いていた。きょろきょろとした後、隣を見る。


「入ってたね。最初からあんな速いのとれっこないし、気にしなくていいよ。リベルはボール拾ってきて。そっちのポイントだね、ナイスサーブ」


 サーブを披露した当の主は腰に手を当て背を反らし、大胸筋を強調する。


「はぁ。あなたはいつも通りね」


「そうとも!力強い!これこそ俺の肉体にふさわしい!」


 ディーナは若干の軽蔑の色を込めて言っていたようだが、特段に気に留める仕草もしない。あまり、たかだか一点程度でそれほど鼻高くされてももはや恥ずかしい。リベルはゆっくりと反対側に向かうポローがそのままでは追いつけない速度で少し遠くにボールを返す。小走りになった。拾い上げ、再度サーブの姿勢に入ってカウントをコールする。


「フィフテーン、ラブ」


 今度のレシーブはモネだ。練習でのリベルのサーブはまだまだ少年で非力であるから返せていたのであって、この球は難しい。中央のスイートスポットに当てなければ振動が手にダイレクトに伝わって痛めそうですらある。彼が思慮……せめて手心を知る人間であればいいが、期待はしていない。ひとまずは、目を慣らすために通常のレシーブ位置、サービスラインとベースラインの中間から下がって立つことにした。

 ポローのサーブ。今度もイン。空振りにはなったものの、それははっきり見えた。モネはボールを拾いに行く。


「あーあ。速すぎるんだよ、まったくさ。しかもあの顔、腹が立つ」


 リベルが近寄ってきた。


「まー、でもさ、勝てばきっと面白いよ」


「それはそうだけどさ」


「ほら、ボール。リベルが返すといいよ」


 手渡され、またのっそのっそ移動するポローの少し先に返した。


 その後は一度外すも、ダブルフォルトとはならずにサービスエースを決められ一ゲーム目を落とした。コートチェンジとなり、モネとリベルはベンチに座って休憩し、スポーツドリンクを飲む。汗をかくこともなく、喉も乾いていないが、ライムの爽やかな酸味が胸のヘドロを洗い流してくれる。


「リベル君、だったわね。良いものを飲んでいるじゃない。どうかしら、私にも少しもらえない?」


「これはぼくのだ。飲みたいなら自分で交換してくればいいだけだろ」


 さっと顔を背け、スポーツドリンクを抱えて守る。


「そうそう。欲しいなら、せめておカネを貰わないと。よくわかってるね、リベルは」


 モネはスポーツドリンクを脇から引き抜いてこれみよがしに飲んでみせる。


「フン。いいわ。この試合、勝ったらそれも貰うから」


「へー、ここぞとばかりに巻き上げるんだ。意外と?みみっちいことするね」


「なんですって?あなたこそ、交換にカネを要求するなんて、どれだけ醜いことかご存じではないのかしら」


「そうかなぁ。お金のデザインとか、私は結構キレイだと思うけどなぁ」


「あなた、よくもここにいるわね」


「……お互い様でしょ。よし!休憩終わり。リベル、行くよ」


 手繋ぎで連れられ、コートに入る。ついでボールを渡してきた。


「それじゃ、まずは先にリベルがサーブして」


「ぼくの球じゃダメなんじゃないか?またどうせポローに叩き込まれるんだ」


「なに弱気になってるの。やってみなくちゃわかんないでしょ」


 なおも納得していないようで、リベルはコートの砂を足で舞わせる。


「でもさ。またさら調子に乗らせるのもよくないんじゃない?なんか、妙に肩に力が入らない気がする」


「うーん、確かに流れが悪くなるかもしれないけど、始まって一ゲーム目だよ。まだまだわかんない。だーいじょうぶ、リラックスできてるとでも思えばいいのよ。それに狙いはそこだし。ほら、サーブやったやった。今やらなくたって結局リベルも次の次で打たなきゃいけないんだから」


 強引にボールをポケットに詰め込み、背中を押し出してポジションにつかせる。そよ風の吹き止んだころ、リベルは渋々「ゼロワン」とゲームカウントを呟き、トスを上げる。

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