体美派Ⅶ—テニス—Ⅱ
その後、フォアハンドをリベルは習得し、バックハンド、サーブ、レシーブ、ボレーと基本動作をみるみる習得していった。今はネットを挟み、お互いサービスラインに立って、ショートラリーを楽しんでいる。
「おお!同胞の中の同胞がいるじゃないか。どうだい?俺たちと試合しないかい?」
突然の声掛けにリベルが驚き空振りする。後方に転がっていったボールを拾うついでに目を細めてその方を見やれば、屈強な男としなやかな女が得意げにフェンスに寄りかかり並び立っていた。また自信満々な気に当てられ、げっそりとして見せるリベルであったが、毎度のごとく何の効果もない。仕方なしに無視を決め込もうとするも、モネが反応した。ネットに近寄ってくる。
「試合?」
「そう!試合さ!ミックスダブルス、六ゲーム、ワンセットマッチで!」
男がきらきらとはにかんで見せてくる。やはり鬱陶しい。
「うーん。なんで試合する必要があるの?楽しく運動してきれいな体になればそれでいいんじゃない?ま、テニスだけだとちょっと利き手寄りの体になってしまうような気もするけど」
「なぜって、それはね、勝利の美酒というだろう?やっぱりスポーツである以上、勝てば他の人より勝っているということになる。より自分の体が強く、美しくなっていると実感できる」
「勝利の美酒……ね。鏡以外に判断する基準があるのはいいことなのかもしれないね。私はいいよ、やっても。リベルはどう?」
一刻も早く、その者たちに出ていってほしいリベルとしてはあまり飲みたくない話であった。首を横に振り、げんなりした顔を見せるとモネが手招きをする。応じて寄っていくと、小声で付言をしてきた。
「リベルはさ、体美派の連中のなんか熱い感じが嫌なのかもだけど、ここでポッと入った新参者の私たちがなんだか常連で自信が大層ありそうなあの人間たちを負かしたらスカッとするとは思わない?今日のお風呂はきっと格別よ。だからさ、ど?」
言われて、彼らを負かしたところを想像してみる。地面をたたいて悔しがる様までは想像つかなかったが、それでも辛酸をなめた顔をして萎れる姿は正直愉快に思われた。気づけば口はキュッと引きあがり、腰に手を当て堂々たる風体で立っていた。
「いいな!ぼくも受けて立つよ!」
「おお!威勢がいいな!少年!そこの方と比べて随分とふさぎ込む気質なのかもしれないと思っていたが、気に入った!それじゃあ、さっそく試合と行こう!」
鼻息荒く、男が前のめりでコート内に入ってくる。続いて澄ました顔の努める女も入ってくる。リベルは奥のモネがいる側に移動した。ネットを挟み四人が向かい合う。男が口を開いた。
「俺の名前はポロー、こちらの女性はディーナだ」
「よろしく」
軽く会釈をされたので同様に二人も返す。体を直し、こちらも自己紹介をしておく。
「私はモネ。こっちがリベル。うん、よろしく」
手を差し出し、握手を交わした。終えると男がネットの上でラケットを回して落とす。
「フィッチ」
「ラフ」
男はそのままの状態でラケットのエンドキャップを見せてきた。
「スムースだね。サーブでいいよね」
「ええ」
同意を見届けたモネがボールを渡すと彼らは二人して下がっていった。
「ほら、私たちもレシーブの態勢に入るよ。リベルは私からのサーブ右と左でどっちの方が返しやすかった?」
全く訳の分からない流れに身を任せるリベルであったがいい加減、限度が来た。
「フィッチってなんだ?ラフ?スムースって?何が決まったんだ?」
すると、モネは手で納得の仕草をする。
「あー、なるほどね。いつも以上にポカンとしてるなーって思ってたらそういうことだったんだ。確かに試合するとまでは思ってなかったからルールを説明してなかったね。ごめーん。ちょっとこの子にルール教えてなかったからちょっと時間もらうねー」
向こうの二人が頷いたのちに軽く手を上げ、了承してくれたのを確認し、モネがテニスのルール説明をする。最初の呪文から、ポイントの数え方、勝利条件、ダブルスの基本的な動きなどなど、一通り聞き終えてリベルはあらかた理解した。
リベルはまだやりやすいと思った右側を守ることにした。試合が始まる。
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