第7話 運命に穢されて

 煌が、黒い世界からユートピアへと戻る頃、

本当の現実世界では、終末を迎える寸前だった。

 

 現実世界は今、

国民を排除し、人工国民に上書きする事を目的とする、

人工知能によって作り出された人工知能、通称、特研の勢力と、

人類によって作り出された人工知能並びに国民、それも残り僅か数万人ばかりとなった日本の国民の連合勢力との衝突が、最終局面を迎えようとしていた。

 煌は、特研の重要な計画の一つである、ユートピア計画を壊滅させる為に、

このユートピアへとダイブした。

そして、あの異物の者、もとい、ユートピアの管理者の説明通りの事態に到達する。


 ユートピアでは、願いを実行する代わりに、ユートピア上においては、現実世界での重要な記憶を無効化する、というプログラムが存在する。

 その為、煌は今まで、現実世界での記憶を有さずに、ユートピアで過ごしていたのだ。

 

 煌は、熱情と葛藤を保ちながら、黒い世界から戻った。

 

 伊吹と、川辺に並んで座り、釣りを楽しむ、今という現実に。

 

 煌の心が酷く痛む。

現実世界の大切な仲間達を救いたい、という熱情と、


恋を乞う、という、現実世界には無かった、自分自身の感情の新たな現れに、

動揺しながらも、

自分がこれから消滅するのに、本当に、悔いは無いのか、という葛藤によって。

 

 思えば、煌は、現実世界では生きる事に必死で、自分自身の何かを大切にする事など、無かったに等しい。

 その為、煌は想ってしまう。

 

 人生って、

 

 生きるって、何だろう。

 

 私の生きた意味って、私の人生って、何だったんだろう。

 と。煌の悩みは極まっていた。

 

 生きる意味を考えると途端に、煌の脳裏には、同じ苦しみの中で戦う、

かけがえの無い、大切な仲間達の姿が浮かび上がってくる。

 

 幸せを考えると途端に、伊吹の姿が浮かび上がってくる。

 

 どうすれば良いか、なんて、決まってるだろ。

そう思うと、煌の体は、小刻みに震えた。

 

 怖い、怖いよ、分かってる。

 自分が消滅する事が、じゃない。

 自分の想い一つを見捨てて消滅する事が、怖いんだ。

 

 だって、せっかく、、、生まれて初めての、幸せなのに。

 何も、希望もない世界だったのに、、ようやく、見つけたのに。

 

 一人の、女として、、一回しかない人生を、私だって、生きたい!

 

 伊吹に背中を向けて。煌は、生まれて初めて、涙を流した。

 

 川の流れよりも、小さな声で。

 

 

 魚がちゃぽんと騒ぐ。

 

 空は小鳥の囀りで彩られる。

 

 「あのさ、

 

 二人の旅、今日で終わりにしよう。」

 

 

 煌の指にまた、赤い血が流れる。

 

 どうにもならない、このくだらない世界に、

恋なんて捧げてやらない、と、煌は思った。

 そして、想った。

 

 ありがとう、伊吹。

 私の、初めてで最後の、恋の人。貴方で良かった。

 そして、

 

 さようなら。

 


 

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