第6話 黒い狭間で
「憎みたい気持ちも分かるが、
達成したいゴールは、一緒だ、
なあそうだろ?煌よ!」
異物の者は、張り切った声で、煌に言い放った。
「何がゴールだ、
お前らが勝手に始めた事だろ!」
煌は、異物の者に、歯を見せる程激昂している。
「思い出してくれたか、そうか、
では、煌、お前の願いも、思い出したな?」
異物の者の言葉に、息を呑み、手を握る力が増す煌。
「煌、お前の願い、
たしか、こうだったな、
『この世界から、欲望の無い者が発つ時、
お前諸共、
お、ま、え、諸共、この世界を、このユートピアを消す』
そうだろ?そうだよな?煌よ!」
この上なく饒舌な異物の者。
「‥ああ、そうだよ、
お前ら特研の犠牲に、これ以上人々を犠牲になんてさせない!」
煌はそう叫んだ。
「誤解、誤解だよ煌、
私達、特務的多元研究開発機構区は、世界の持続可能性を高める為に、
こうして、ユートピアを作っているのだ。
ユートピアが、『実物では無い、データに過ぎない』としても、
お前も見てきただろう、
人間達の、幸せな顔を!
聞いてきただろう、
人間達が口々に言う『幸せ』を!
これ以上、何を望むと言う、煌よ。
まさか、『与えられた平和なんて!』
『実務の無い世界なんて!』等と、世迷言は、
まさか言ってくれるなよ?」
更に饒舌な異物の者。
「黙れ!」
煌は目一杯に叫んだ。
「お前ら特研が、現実世界で、どんな酷い事をしてきたか!」
「統制さ、『人間では無い人工市民』の方がより平和的だ。」
「そう言って、人々を殺戮して、何が平和だ!」
その煌の言葉に、異物の者は肩を震えさせて笑った。
そして、言った。
「もう何度も、何度も言わせるな、人間よ!
お前ら人間の平和など、どうでも良い!
世界、世界の平和だよ、私が言っている平和とは!
お前ら人間が何千年かかっても築け無い平和を、私達人工知能が、
築いてあげる、と、何度も伝えたでは無いか!
そして、人間達にはユートピアも用意した、
そして、優秀なモノは、ユートピアから解放さえする、と。
そしてだ!お前は私に願いを告げた!
願いを、切に願いながら、人々を慈しみながら、お前は言ったんだ!
もし、その優秀なモノが解放されたら、
それで終いにしろと!ユートピアも、そこに住まう人間達のデータも、
そして!お前も、消すと!
『次なるユートピアの犠牲になる人々を、出さない為に。』と。
大切な、一度きりの願い。
お前は、賭けたんだろう?
願いが、一生無駄になるかもしれないのに、
欲に溺れないで、芯のある人間が現れる事に、
そして、その人物に、
お前は、願いを、託したんだ。
立派だ、誇りに思うよ、煌。
人類の為に。良い話だ、泣けるじゃないか。」
異物の者は、更に続けた。
「話を戻そう。
私は優秀なモノを待っていた、煌、お前もそれは同じだろう。
だから、一緒に叶えようでは無いか、
その為に、お前をここに今、呼んだんだ。
お前、まさか、伊吹という奴と、
『一緒に、永らく時を過ごしたい、』
なんて、思って無いだろうな?」
まさか、そんな言葉が、煌の思考の片隅に現れる。だが、
煌の反応を待たずに、異物の者は続けた。
「伊吹は、『何も求めない者』だ。」
その残酷な事実に、
煌の体を、一瞬にして、どくどくと、強い血流が這う。
「ようやく!ようやく!もう10年ばかりか!
嬉しいだろう、煌、お前の戦いも、漸く、終わらせられる。
何もかもとも、お別れが出来るぞ。」
煌は、現実世界の出来事を思い出しながら、
ユートピアでの、
伊吹との時間もまた思い出していた。
残念な事に、
煌は、どちらの気持ちも、本物である事に、気づいてしまった。
人々を守る事、
伊吹と、一緒に時を過ごしていたい事、
どちらもが、煌には、
重要であり、そして、
かけがえのない願いである、と言う事に、
煌は、気づいてしまったのだ。
どちらかしか叶わない、自身の矛盾した願い。
煌は、小さく、蹲る。
この黒い世界が終わる頃、
残酷な事実を、改めて、異物の者は説明した。
「伊吹と永久を生きるなら、次に現れるかもしれない、
『何も求めない者』が来るまで、ユートピアで和やかに過ごすと良い。
それまで、お前の大切な現実世界の仲間達が、もつか分からないが。
現実世界を救いたいなら、
伊吹を手放せ。
伊吹はお前に恋をしているのだから。」
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