第3話「チートスキルが欲しいと君は言うが」(後編)
魅了のスキルさえあれば一生安泰、とっくにそれに気が付いていたAの魅了のスキルはもはや学校の外にまで及ぶようになり、街を歩くだけで全ての人間が彼に魅了され奴隷となった……、もはや誰にもAを止める手段はなく、気付けばAは国の中枢にまで食い込んでいた。
魅了のスキルは絶大だ、難しい事は賢い連中に任せればいいし、外敵は全て自分が赴き逆に味方にしてしまった。そうして近隣の仮想敵国までもが全て味方になり彼は30代の頃には世界の王になる第一歩を歩き始めていた……しかし何事も絶対はないし永遠には続かない。
異変の始まりは彼が多くのハーレムを引き連れながら外を歩いていた時だ
「Aぇぇぇぇぇ!!!」
突如包丁を持った男がAに向かい襲い掛かって来た、暴漢は周りの人間にあえなく取り押さえられた、しかしAの思考はパニックに陥っていた。
もはや遠目で見るだけで虜になってしまう程強力になった魅了のスキルなのに、何故コイツは自分に襲い掛かって来たのか?襲い掛かってこれたのか……?
「あ、分かった、時間で勝手に切れるとか」
「ぶっぶー、違うんだなぁ魅了のスキルは永遠だ」
「じゃあスキルに対して耐性を持っていた、もしくは魅了無効の装備を持っていた」
「Aの魅了はその辺貫通する」
「ええぇ~じゃあなんだよ」
「正解は……」
Aはそいつの目をみてギョッとした、そいつの目には複数の♡マークが浮かび上がっていた、その男はウットリしたかのようにAを見上げてニタァ……と笑ってこう言った。
「Aぇ……待っててぇぇ……周りの連中全員殺して俺だけがお前の隣にいてやるからぁ……」
魅了の進化が別の段階に移行した瞬間だった、今までの魅了は「対象年齢を上げる」「範囲を広げる」という量のベクトルであり、効果それ自体はシンプルに「相手を自分に惚れさせる」でしかなく、社会性まで失う事は無かったんだ、しかしそれで頭打ちになったのか、魅了というスキルは今度は「自分を独占したいという欲求にさせる」という質のベクトルで進化をし始めた、つまりAの意思など関係なくAの為になるかどうかも関係なく後先考えずAに夢中になるようになっちまったんだ
「あー、所謂一つの」
「ヤンデレ化、だ」
「Aは私の物だ!!」「いいや俺のだ!!」「ワシのじゃ!!」「ボクのだ!!」「わたしのよ!!」
それが呼び水になったのか、殺し合いがあちこちで起こり始めた、老若男女問わず。
無論Aは何もしていない、しかし魅了のスキルによって魅了された人たちは盲目的にAを独占する為に
騎士団が出動する、暴動を止める為ではない。彼らもまたAの魅了のせいで殺し合いを始めてしまった。
そしてそれだけにとどまらず近隣の他国にも伝播していき、遂には戦争が起きた。その時になってAはようやく自分のスキルの恐ろしさに気が付いた、しかしすべてが後の祭りだった。
「やめろ!とまれ!魅了よ!とまれ!!!俺が好きならもうやめてくれよ!!」
しかし群衆も自分の魅了スキルも止まらない、そもそもAは魅了を制御しようなどとしたこと自体が一度も無かった、止め方なんて分かる筈がない、殺し合いは止まる事は無かった、目の前の光景に耐えられなくなったAは頭を抱えながら逃げた、しかしどこに逃げれば良いかなんて分からなかった。
だがAは走りながら一つの希望を見出した、両親だ。彼らだけはずっと自分の魅了スキルの影響を受けなかった、ずっと自分の将来を心配して魅了のスキルを使う事を諫めてくれていた。
両親に謝ろう、もう魅了のスキルは使わない、止め方は分からないけど一緒に考えよう……。
『僕が悪かったです、ごめんなさい』
そう言おう……。身体が軽い、ああそうか、間違いを認めると言うのはこんなにも解放される気持ちになるのか……!
家の前につく、幸い家は綺麗なまま、戦火に巻き込まれた様子もない、急いで家に入った。
「ただいま!母さん!父さん!!誰か!!」
それは彼が人生で初めて必死に助けを求める声だったかもしれない、とにかく助けが欲しかった、普通の会話がしたかった、「親に心配をかけて!」と怒られたかった。
「おかえり、A」
「母さん!!」
母の優しい声が台所から聞こえてきた、Aは泣いた、泣きじゃくりながら母に抱き着こう、そう思って台所まで走った、そして―
「ただい……ま…………」
「おかえり、A」
そこにあったのはキッチンナイフを持った母親が目にハートを浮かべながら父親を滅多刺しにしている姿だった
「うわあああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
Aは喉が千切れんばかりに叫んだ、魅了のスキルはもはや両親までも蝕んでいた、父親はもう既に死んでいる、しかし死んでいるにも関わらず、彼の目は瞳孔が開きながらもハートの模様が浮かんでいた。
「おかえりA……あああなた、やっとAが帰って来てくれたわよ……」
母親はうっとりとした顔で父親の死体に話しかけている、その光景を見たAはもう何も考えられなくなりその場にへたり込んでしまった。
「あ……あう……ひ、ひぃいぃぃぃぃ……」
Aは恐怖のあまり腰を抜かしその場で動けなくなってしまった、そんなAに更なる地獄が待ち構えていた
「ああ、嬉しい、やっとAを私の物にできる……♡」
なんと母親は服を脱ぎだし、裸体を見せつけてきた、もうすぐ60にも差し掛かるだらしない肉体、シミがそこら中にあり、おできもある、とても性的魅力があるとはいえない身体……。
しかしAにとってそれ自体は別に問題は無い、今まで毎日のようにそういう行為に勤しんでいたAは老婆やジジイ、果てはホームレスの汚いデブのおっさんなんかも戯れに抱いてきた。それに比べれば十分魅力的な身体だ、しかし、その筈なのに、今回の嫌悪感は今までとは次元が違った。
「やめて!やめてよ母さん!こんなのおかしいよ!?」
「ふふふ、Aってば照れちゃって……♡」
腕力で逃げようにも全てを魅了のスキルで人任せにしてた結果、壮年の母親にすら勝てない身体になってしまっていたのだ、逃げる間もなくあっという間に組み伏せられてしまう
「やめっ……!!いやだあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
……同性婚を認める国自体があったとしても、近親相姦を認める国が無い理由……それをAは身をもって知った。
魅了のスキルの影響で母親の性欲はすさまじい事になっており、何日にもわたって悍ましい性の宴が繰り広げられた、しかし何にでもいつか終わりは訪れる、母親は体力を限界まで酷使し、Aと繋がったまま息絶えた。
Aはショックのせいでしばらく動けず天井を見つめていた。そして暫くたってAは母親をみた
「……母さん」
母親は幸せそうな顔で死んでいた、全て満たされたと言わんばかりの幸せそうな顔で。
「……父さん」
次に父をみた、父親の身体は既に腐っておりハエがたかり異臭を放っている。
Aはゆっくりと起き上がり、自室に向かった。
自分が家を出た時と何も変わらない、小学生の頃から使い古した勉強机、父と遊んだボール、母に教えてもらった魔法の教科書、幼少の自分が夢見ていた頃の騎士のおとぎ話の絵本……。部屋は綺麗に掃除してあり、いつ、彼が帰ってきてもいいようにだろうか、整理整頓されていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…………」
絶望の中Aはブツブツ謝罪の言葉を口にしながら机に向かい、ノートにペンで今回の話をすべて記録に残した、魅了のスキルの恐ろしさを、そして自分のような愚かな失敗者を次世代に再び出さないようにと願いを込めて……Aは母親が父親を刺したキッチンナイフで自らの首を斬り自殺した。
Aが死んだ後、その国の人達、近隣諸国の人達は全て正気に戻った、しかし、自分達が魅了のスキルの影響を受けていた時の記憶まで無くなったりはしない、多くの人間が絶望し自殺を選び、その国は復帰不可能と思われるほど人口が減少し、近隣国家の更に近隣国家により吸収されてしまった……。
「こっわ~」
赤髪は青い顔をしながら鶏の唐揚げを平らげていた、こんな話の後でも食欲は失せないらしい
「言っとくけどコレガチの歴史だからな?今の時代に魅了スキル持ってるって分かったらその瞬間に騎士団がガチで動くぞ?つーかこれお前歴史の授業で習わなかったのか?」
「授業中はいつも教科書広げてゲームやってたからな」
「お前……そんなんだから俺のダチなんだぞ」
「あまりにも自虐的な悪口」
「さて、まぁ俺の言いたい事は分かったな?」
「ああ、分かったよ、俺が間違っていたよ……」
「丁度いい感じにモテる程度の魅了のスキルが欲しい」
「もうええわ」
2人は飯を食い終わり酒場を後にし、並んで夜の街を歩く
「ああそうだ、もう一つ欲しいチートスキルがあったわ」
「おいおい懲りねえな」
「いやいや流石にあんな話聞いた後なんだから現実的なのにするって」
「はいはい、で?どんなスキルが欲しいんだ?」
赤髪は数歩進んでクルっと回った、赤い髪が街灯の光でキラキラ光りながら一本ずつ広がっていく、そして彼女はポーズを決め、サムズアップして自分の顔を親指でさした
「見た目が完全に美少女になるスキルとかどうよ!?」
そうしてニカっと満面の笑みを浮かべた。青髪はふむと考えた。
「……いいかもしれねえな」
「だろぉ!?きたねえオッサンがやる事でも見た目さえ美少女なら許されると思えるだろ!?……そんでさ…………」
他愛のない会話をしながら彼等……いや、彼女達は今日も夜の街へと消えて行くのだった
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