第3話「チートスキルが欲しいと君は言うが」(前編)

 夕方の酒屋、そこで二人の女剣士がジョッキになみなみと注がれた液体を豪快に飲み干す。


「ぷっはぁぁぁ!!炭酸水うめえ!!」

「本当にお前はそれでいいのか」


 片方は赤髪のロングヘアの剣士、もう片方は青髪ショートヘアの剣士でどちらも17歳前後くらいの見た目である。

 二人は同じギルドに所属している同僚であり、こうして居酒屋や食堂などで一緒に飲むことも多い間柄であった。

 コンビを組んでからは、クエストを終えた後この町のちょっと大きい酒場でまるでおっさんのように酒と飯をかっ食らいながらまるでおっさんのような会話をするのが日課になっていた。


「……チートスキルが欲しい」

「また急だなおい……どうした」

「今日はお前抜きで草原でスライム退治やってたんだけど、チート持ちの転生人が『新技の研究だ』つって根こそぎ持って行きやがったぁ……」

「あー、転生人って後の事考えず乱獲すっからなぁ……」

青髪は同情するような目線を赤髪に向ける

スライム退治はこの世界における代表的な仕事の1つだ、スライムは基本的に単体で無限に繁殖する、産まれたばかりのスライムは放っておいても大して害にはならないのだが、それが二か月三か月となると話は変わる、次第に物理攻撃に耐性をつけるようになり、1年育てば奇襲を受ければベテラン冒険者すら油断できない存在になり、5年以上生きればベテランすら屠るようになる、だから町の周辺にいる若いスライムを早い段階で倒すと言う仕事は決して無くならない、


『飯に困ったらスライムを刈れ』


というのは冒険者が最初に教わる言葉だ。逆に言えばスライムがいなくなったら冒険者の大半は路頭に迷う、結構大事な仕事なのだ。

「それなのにアイツら刈りすぎやがってぇ……!次出てくるスライムがいなくなるからって注意しようにもあいつ等普通にスキルを人に向けて使ってくるから怖くてなんもいえねぇし……!」

「モンスターなんぞよりもよっぽど人間の方が恐ろしいわなぁ、特に手の付けられないバカほど恐ろしいものは無い」

赤髪は悔しそうに突っ伏しながら泣いている、そして起き上がったと思ったら泣きながらブンブンと頭を回し、そのロングヘアをまき散らしながら炭酸水を飲んで、ゲップして、「はぁ」とため息を1つついた。

「世にこれだけチートスキル系小説が溢れているのになんで現実にはねぇんだろうな」

「現実にはねぇからチートスキル系小説が溢れてんだよ」

「そらそうかも知れんけど」

「チートスキルにも拠るとは思うけど、ああいう力持つのも考え物だと思うけどな」

「え~どうしてだよ」

 納得できない風の赤髪に青髪は語る

「だってそうだろ?たとえばお前の攻撃力が9999(カンスト)したとする」

「最高じゃねえかやっぱ人間はフィジカルっしょ」

「お前はまともな社会生活が送れなくなります」

「なんでだよ!!」


 ぷくーっと頬を膨らませる赤髪に、青髪は呆れながら目の前の冷奴に箸を伸ばす、冷奴を切りゆっくりと持ち上げながら、その切れ目で赤髪を見つめながら言う


「ちょっと考えりゃ分かるだろ、某日曜朝にやってる拳で語る系魔法少女だって変身したての頃は力の制御が聞かずに思いっ切り上空までジャンプするのがお約束だろうがよ」

「そんなもん慣れの問題だろ、使ってるうちに制御できるようになるって」

「バーカ、そもそも普通の人間だって別に力を自由自在に制御出来てる訳じゃねーよ、力入れすぎてうっかり家具や道具壊すなんて日常茶飯事だろ」


 そう言いながら持ち上げた豆腐を箸で軽く強めに握ると、あっさりと崩れ皿に落ち、豆腐はぐちゃっと潰れた


「い、いやそれでもさぁ……」

「丸い調節器想像してみろ、古い石油ストーブとかによくあるああいうの、そんで温度をパワーと考えてみろ、普通の人間は0-100までとするとそれが0-9999になるんだぞ?30や50で壊れる物だって多いのに、調節器の大きさ自体は変化しないんだぞ?お前それ調整できる自信ある?」

「ぐ、ぐぬぅ……、そ、それじゃあアレだ!別に俺が強くなる必要はねえわ!剣!魔法の剣!なんでも切れる的な!もしくは逆になんでも防ぐ盾!」

「はい”矛盾”、それにそれを入れる鞘はどうやって作るんだよ」

「ごふぅ!!」

「秒で論破されるような事は言うな」


 豆腐を半分食べ終わったところで青髪はビールを一気に煽り、二杯目のビールを注文する、赤髪と違い青髪の方は酒が強い、頬は少し赤く染まりクールな見た目がギャップになり色気を感じさせる


「パワーで考えるからダメなんだ!!賢さ9999(カンスト)なら!!」

「お前はまともな社会生活が送れなくなります」

「なんで!!!」

「あまり知られていない事だが頭脳的に優れた連中は得てして脳の知性や感覚が発達しているせいで、普通なら受け流すような事も敏感に反応してしまう、周りからしてみたら完全に過剰反応だから気味悪がられる」

「じゃ、じゃあ感覚だけ普通で賢さの部分だけカンスト……それなら!!」

「相手が致命的なアホに見えるようになると思うけど大丈夫か?相手の反感を買わないように「お前はバカだ」って指摘するの至難の業だぞ?」

「……そ、装備で……!」

「お前冒険者何年やってきてるよ?賢さに限らず強い装備身に着けた冒険者が、完全に装備に頼りきりになったり、外した時の自分とのギャップに耐えられなくなって精神病む事例なんかいくらでもあるぞ、あとどんなチート装備も盗まれたその時点でただの人になっちまうんだぞ?」

「うぅぅぅぅ~~!!!!き、器用さ!!」

「その器用さ活かせる職業って大体職人とかシーフだと思うけど、お前あの仕事やれるほど堪え性とか忍耐力あるか?最近集中力が無くなって来たって言ってたろ?」

「……運のよさ」

「最初は楽しいらしいけど、自分が何もやらなくても人生が好転していくから、自分と言う存在に価値を見出せなくなってそれはそれで鬱になっていくそうだぞ」

「……」


 トドメを刺され机に突っ伏す赤髪を憐れみの目で見る青髪、勝利のたこわさを美味しそうに食べる「ん~♪」と舌鼓を打つ姿が可愛らしい。そしてニヤリと笑いながら赤髪の頭をポンポン叩きながら笑いかけた。


「まぁ諦めろ、『足るを知る』って言うだろ」

「『足らざるを知る』ともいうだろ、足りねえから欲しいんだよ、ぬわ~……」

「まぁ気持ちは理解するけどな、まぁ別に力やスキルが欲しくなるのは正常なんだからチートに拘らんでもいいだろ」

「他人を見下してバカにするってのは生きていくうえで何よりも大事だろ、俺以外の全人類一回でいいから自信を持ったうえで見下したい」


頭を抱えながら机の上であっちこっち転がりながら赤髪は最低且つ欲望全開の言葉を吐く、そんな赤髪をジト目で見ながら青髪は呆れたようにため息をついた


「……お前ってホント俺のダチやれるだけの事はあるよな」

「それは褒めてるのか貶してるのか……。っか~、中々美味い話は転がってねーもんだなぁ~」

「まぁ他人には他人からは見えない苦労があるもんさ」

「ん~……でもなんかいいチートスキル……あっ!」


赤髪はぱぁっと満面の笑みを浮かべて叫んだ


「何もしないで女にモテるようになりたい!!」

「お前はまともな社会生活が送れなくなります」

「なんでだよ!?」


青髪の容赦ない突込みに赤髪は納得できないようにブーブーと唇を尖らせながら文句を言ってくる、しかし言われてる当人は気にせずビールを口にする、それが気に入らないのか赤髪は更に詰め寄った。


「なんでだよ!世の中なんて何もしねえで女にモテてるようなカスばっかじゃねえか!!」

「アイツらはカスかもしれんがそれでもアイツらなりの努力してんだからそう言うな……丁度いいから過去にそういうチートスキル持って生まれた奴の不幸を話してやるか……」


青髪はビールをまた一口煽ってから、ふむと一息ついて、ゆっくりと語りだした……


―中編に続く

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