第6話神童ノア

「もう何処にも行ってほしくないの…」

深夜の部屋で君美は寂しそうな表情で僕に問いかける。

「何処にも行ってないよ?」

そう答えても君美は納得してはくれない。

「今日だって別の女性と食事に行ったでしょ?許せない…」

急に薄暗い表情を浮かべる君美に許しを乞うように頭を下げるが彼女は簡単には許してくれなさそうだった。

「謝ってほしいわけじゃないの…何処にも行かないっていう保証が欲しいの…」

「そう言われても…約束することぐらいしか出来ないよ」

「それでも良いけど…確かな約束が欲しいの」

「確かな約束?」

「そう…私を安心させて?」

そうは言われても、どの様にすれば君美を安心させることが出来るのか僕には理解することが出来ずに居た。

「どうすればいいの?」

その問いかけに君美は両手を広げて僕を迎え受ける。

それに導かれるように熱い抱擁をすると君美は僕の顔を凝視した。

その視線の意味を理解することが出来て君美にキスをすると彼女は満足げに微笑んだ。

「これだけ?」

少し微笑んだまま僕に問いかけてくる君美に表情を崩して頷く。

「今日はこれだけで勘弁して」

唇を尖らせて不満そうな表情を浮かべる君美の頭を優しく撫でると彼女は仕方なさそうに頷く。

「じゃあ今日は帰るね。明日も仕事だから」

「そうだ。キミちゃんの仕事って何?今日も抜けられないほど忙しかったんでしょ?」

僕の質問に君美は照れくさそうに微笑むと口を開く。

「モデル。今日は雑誌の撮影だったから」

その言葉を耳にして僕は異常に納得がいく。

「キミちゃん程の美貌なら納得いくね。じゃあ僕は有名人と付き合っているのか…」

「そんな有名でもないよ。女性誌に多く載ってるから男性はあんまり知らないかもね」

「そうなんだ。今度、雑誌を買ってみるよ」

「照れくさいけど…どうぞ…じゃあまたね」

君美は僕に別れを告げると部屋を抜けていく。

一人残された部屋で本日の出来事を振り返る。

「このままで大丈夫だよな…?」

僕は君美と中道の事を考える。

このままの道を進んで大丈夫なのかと若干の心配を胸に秘めたまま本日は眠りにつくのであった。


翌日。

当たり前のように目覚めると身支度を整えて電車に乗り込んだ。

「おはようございます」

電車内で静かに声を掛けてくる中道に軽く会釈をすると僕らは同じ駅で降車する。

「昨日はありがとうございました。また今度お誘いしますね♡ではここで」

中道は駅のホームを抜けると先を急いだ。

「あぁ〜鏡先輩!見ちゃいましたよぉ〜!彼女さんですかぁ〜?」

駅のホームで後ろから声を掛けてきた女性に嘆息すると振り返る。

「神童…余計な詮索するな。良いからいくぞ」

神童しんどうノア。

会社の手の焼ける後輩である。

「先輩って恋人居たんですねぇ〜キレイな人でした!」

「そんなんじゃない」

「じゃあ何だったんですか!?」

「何でもないよ」

この後輩に弱みを見せれば付け込まれる。

そんな気がしたので僕は誤魔化してやり過ごすのであった。


「ふぅ〜ん…私もそろそろ本気出したほうが良いかもなぁ〜」

後ろで妖しく微笑む神童に僕は気付くこともないのであった。

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