第29話



トウジサイド


ねぇさんと話し終えてねぇさんを作業室から追い出したあと、自分のソロの音楽を作っていると誰かがやってきた。


ねぇさんがまた戻ってきたのかとそう思いながら扉を開けると、そこにいた人物に俺は目を疑った。


T「リ…ノン…?」


俺が唯一、この事務所内で2人で会いたくないスタッフ。


こいつが俺らの担当から離れたのは俺のせい。


いや、俺がそうしてくれとスタッフに頼んだ。


でも、この事実は俺とリノン、そして数名の幹部しか知らない。


リ「トウジに会いたくてきた。」


リノンは男を落とす為に覚えたかのような上目遣いで俺を見つめ言ったが、俺はリノンのその目が腹わたが煮え繰り返るほど大嫌いだ。


T「今朝ホテルの廊下で会ったじゃん。要件はなに?」


こんな言い方他の人には絶対にしない。


それだけ俺はリノンと関わりたくないのだ。


リ「相変わらず冷たいね?そんなに私のこと…嫌い?」

 

T「あぁ…死ぬほどな。」


リ「ここで話しても私は別に構わないんだけど?ここで話したらあなたの大好きなミラさんが大変な事になるから中に入れた方が身のためだとは思うけど?」


相変わらず憎たらしい顔して俺を見るこの女は根っからの性悪だと俺は心底思うし、この会社でこの本性を知ってる人間はどれだけいるのだろうと俺は思った。


T「…入れよ。」


それなのにリノンの口からねぇさんの名前を出されてしまうと、過去の記憶が頭の中を過り素直に従ってしまう俺は…


どれだけねぇさん…


いや、ミラに惚れてしまってるんだろか。


リノンはずかずかと厚かましく俺の様子を伺うように中に入るとソファに座って足と腕を組んだ。


リ「ねぇ、ミラさんとトウジって付き合ってんの?」


T「んなわけ。」


リ「だよね?じゃ、ミラさん…ジュイと付き合ってるってことね?」


リノンの口からジュイの名前が出た瞬間…


俺の身体から一瞬にして血の気がサッーっと引いていき、俺は見たくないはずのリノンの顔を呆然と見つめた。


リ「相変わらず顔に出やすいね?可愛い…そういうとこが好きよ。」


そう言って立ち上がったリノンはわざとらしく俺の首に腕を巻きつけて、俺の身体に自分の身体を密着させた。


T「で?要件はなんだよ。」


俺は冷静なフリをしてそう問いかける。


リ「いいもの…見せてあげる。」


そう言ったリノンが俺に見せてきたスマホの画面には、扉を開けたジュイがねぇさんにキスをして抱きしめて部屋の中へ入っていく動画が流れていた。


このホテルは確か昨日泊まった韓国のホテルで、明らかに物影から隠れて撮られているような怪しい映像だった。


リ「たまたまコンビニから部屋に戻ろうと思ったらミラさんが廊下に立っててね?声かけようと思ったら部屋からジュイが出てきたから咄嗟に動画撮っちゃったの。そしたらこれだもん…あの人見た目よりやるよね?」


普通に生きていれば誰かと誰かがいても動画を撮ろうなんて考えはしないはず。


相手が芸能人であり、その映像が世に出回ってしまえばマイナスになることをよく理解していてこいつは映像を撮影した。


よりによってそんな奴が俺たちの所属する事務所スタッフだと思うだけで俺は怒りから手が微かに震える。


T「で?そんなの俺に見せてどうしたいの?俺には関係ないし…」


リ「もう忘れられたの?大好きなミラさんのこと。大好きで仕方ないミラさんを自分が可愛いがってる年下のメンバーに奪われるのはどんな気持ち?あの時…私にしといたら良かったのに。私のこと振るから…こうなるのよ?」


T「なんの話だよ?俺がねぇさんを好き?笑わせんな。」


俺はそう言ってとぼけると、くっ付いてくるリノンの手を振り解きながら距離を取ろうとするがリノンはそれを許さない。


リ「とぼけないで。あの人せいでトウジは私を愛さなかった。みんなから愛されて可愛がられて信頼されて…見ててムカつくの…消えてほしいの。」


T「お前なに言ってるか分かってんの?」


リ「この動画…流したらミラさんどうなるんだろね?今の時代、すぐに身元がバレて大変じゃない?こんなのが流れたら…あの人…居場所なくなっちゃうね?トウジの大切な大切な…ミラさんの居場所。」 


T「俺にどうしてほしい。はっきり言えよ。」


リノンの魂胆は全て分かっている。


俺の弱味であるいいネタを見つけ、それで俺を支配し言いなりにさせようとしていることぐらい。


だから、俺はリノンの望みを聞いたのだ。


リ「そうね…あ!そうだ…私と付き合ってよ。それだけで今まで通りミラさんもジュイも日常通りに過ごせるのよ。いい話だと思わない?」


T「嫌われてる男と付き合ってなにが楽しいんだよ…意味わかんねぇ…」


リ「私と付き合ったらトウジは私のこと絶対に好きなる。で?どうするの?」


絶対にリノンと付き合ってもリノンを好きになることなんてありえない。


なのにリノンのその自信はどこからくるのだろうと俺はもう内心、呆れていた。


自信満々なくせに、こんなこんなセコい手口で俺を言いなりにしようとするリノンの神経が俺には理解が出来なかった。


T「…………………。」


リ「大好きなミラさんが苦しむとこみたくないでしょ?あ、それともミラさんが泥沼に堕ちていく所…私と一緒に見たいとか?」


T「ふざけんな…。」


リ「じゃ、どうするのかはっきり言えよ!?」


今まで猫撫で声で俺に甘えるように話していたリノンは突然、声を荒げそう言った。


T「…付き合えばいいんだろ……。」


リ「トウジ…大好き…。」


また猫撫で声でそう言うリノンは俺の首にぎゅっとしがみつくように抱きしめ、ねぇさんの名前が出た途端、リノンの言いなりになってしまう自分に情けなくなった俺の指先は冷え切っていた。


リ「じゃ…また、連絡するね。連絡無視したら…ミラさんがどうなるか分かってるよね?」


T「分かってるから早く行けよ。」


俺がそう言うとリノンは満足気に微笑み、まるで恋人かのように手を振りながら俺の部屋を出て行った。



つづく

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