第24話
マンションの広い廊下をイチと2人並んでゆっくりと歩く。
イチは話があるそう言ったにも関わらず、何かを話してくる様子はなくただ下を向いてゆっくりと歩くだけ。
私たちだけの足音が広い廊下に響き、エレベーターの前に着いた私はボタンに手を伸ばそうと手を動かすと、イチにその手をギュッと握られ驚いた私は横にいるイチの顔を見上げた。
私は咄嗟にイチのその手から逃れようと少し力を入れるが、イチはエレベーターの扉を眺めたまま私の手をギュッと握り離さない。
*「イチ…手…離して…」
i「ねぇさん…?俺…辛いんだけど?」
その言葉を聞いてイチの手から逃れようと自分の腕を動かしていたはずの私の手がピタッと止まった。
*「イチ……?」
i「ねぇさんのこと好きすぎて辛い…いつも楽しくポジティブでいようと思うのにねぇさんの事を考えたらネガティブになって…俺から笑顔が消えるんだよ…それほど…ねぇさんが好き…。」
表情ひとつ変えずにそう話すイチは私を見つめる訳でも詰め寄る訳でもなくただ、無機質なエレベーターの扉を見つめていた。
*「イチ…ごめんね…私のせいで…」
i「こんなに好きなのに目の前で他の男とキスしてるとこ見ちゃってさ…おまけに他の男が好き?もう勘弁してよ…俺の心…ズタズタだよ…どうしてくれんの…ねぇさん…?」
そう言って私をみたイチの目には微かに涙が滲んでいて、驚いた私は思わず言葉を失った。
*「ッ……」
初めて見るイチのその表情に私の胸が震えギュッと締め付けられるように痛くなる。
i「ねぇさん…この気持ちがもし魔法のせいなら……早く俺をその魔法から醒めさせてよ…」
イチはそう言って私の頬を人差し指ですぅっと撫でた。
私のせいでこんなにもイチのことを追い詰め、いつもみんなを明るく楽しくしようと笑顔でいるイチの笑顔を私が奪ってる。
昔から私のことを理解してそばで支えてくれたイチなのに、私自身がイチを苦しめていると思うと自分自身が憎かった。
*「…ごめんね…分かったよ…」
私はそう言いイチの前に移動し、イチの頬を両手で包んだ。
そして、少し背伸びをして背の高いイチの唇に顔を近づけようとしたその瞬間…
イチは私から顔を背けた。
*「イチ?」
不思議に思った私がイチの顔を覗き込むようにして問いかけた。
i「やっぱいい…」
*「え?」
i「やっぱまだ…魔法から醒めたくない…もう少しだけ…ねぇさんこと好きでいさせて…?」
イチはそう言って私をギュッと抱きしめると優しく解放し、エレベーターのボタンを押した。
イチ…それって…まさか…
私は呆然としたまま頭の中で考えているとエレベーターの扉が開く。
i「ほら…エレベーター来たから乗って?気をつけて帰るんだよ。おやすみ…」
イチは立ちすくむ私の背中を少し強引に押して、エレベーターに乗せると「1」のボタンを押してエレベーターを閉めるボタンを押した。
エレベーターの扉が閉まりかけ私がイチの顔を見つめると、そのイチの目を見て気づく。
イチのあの目…
ユウやハヤトの目とは違う…
まさか…イチは…あの時…魔法の角砂糖を飲んで…なかったの?
彼らの寮があるマンションを出てからもずっと、私の頭の中はその事でいっぱいで他に何も考えられずにいた。
なんとか混乱する頭を整理しながら自分のマンションに戻ると、私の部屋の前でソラが待っていた。
SR「ねぇさん事務所にもいないし連絡もつかないし心配したよ?どうかした?顔色…悪いよ?」
*「ソラ…ごめん。中に入って。」
SR「うん…」
ソラは私の顔を見て不思議そうな顔をしながら私の後ろについて部屋に入った。
ソファに腰掛けているソラに缶ビールを渡し、横に自分も腰掛けてプシュっと音を立てて開ける。
苦いビールをひと口、口に含んでも頭の中にはあの目をしたイチが浮かぶばかりで私はつい、ソラが来ているというのにうわの空になってしまっていた。
SR「ねぇさんってば!聞いてる?」
*「え?」
SR「トウジってさ…本当に彼女…出来たの?」
ソラが私の腕を少し揺さぶりながら問いかけてきて私は我に返った。
*「……ぅん…?あぁ…うん…たぶん?」
そうソラにトウジとの約束通り返事をすれば、嘘をついてしまった事に罪悪感に襲われる。
最近の私は嘘ばかりが増えていくな…
SR「誰なんだろ…私の知ってる人かな…?」
ソラに嘘だとバレないように私は思わずソラから目をそらしてしまった。
*「どうだろ…?そう言えばソラはどうなの?恋愛の方は?」
それとなくそう問いかけてトウジの言っていたようにソラの薬指を確認するとそこにはとても綺麗な指輪が輝いていた。
SR「え…あぁうん。順調かな?」
*「そうなの!?」
SR「うん…また、ちゃんと紹介するね?」
*「うん。楽しみにしてるよ?」
SR「ねぇさんの恋愛は?どう?」
ソラにそう問いかけられてドキッと返事をする私の胸。
それを恋愛と呼んでいいものなのか…
イチの言うようにジュイに抱かれて心が好きだと勘違いしてるだけなのか…
自分でもまだはっきりと分からない私はソラに伝えることを躊躇った。
*「うん…相変わらずだよ…まともな恋愛は…私には無理みたい。」
私がそう言うと何故かソラの方が悲しそうな顔をして私の肩を優しく撫でた。
つづく
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