第2話
人気者のマネージャーにもなるとあっという間に1日は終わっていき、会社を出る時には午前0時を過ぎるなんてよくある事だ。
むしろ、0時なんてまだ早い方で…
自分達の楽曲を自分達で作るあの子たちの生活リズムに合わせていると、朝と夜が真逆の生活になることも多い。
そんなハードな状況のなか他の関係者たちは事務所で寝泊まりする事も多いが、私はどんなに疲れていても仕事が深夜に終わっても、次の日の仕事が早朝からでも会社近くに借りたマンションに帰っている。
まぁ、あの子たちが次のアルバムの準備を事務所で作業している時は私も事務所にいる方が楽だとはわかっているが、家に帰る方が息抜きも出来ていいのだ。
いつも通り通い慣れた暗い夜道をとぼとぼと歩き帰宅を急いでいると、ふと目に付いたのは新しく出来た小さなBARの看板「Heaven」の文字。
普段、私はお酒を飲まない。
しかし、明日はずっと楽しみにしていた数ヶ月ぶりのお休み。
息抜きは大事。そう思った私はわくわくしながらその店の扉を開けた。
薄暗い店内には40代ぐらいのママがタバコをふかしてカウンターの中にいた。
「いらっしゃい。どうぞ〜」
ぼんやりと紫かがった店内は独特なアロマの香りが漂っていた。
「何飲む?」
カウンターに座るとそう問いかけてくるママ。
*「じゃ…ジントニックで…」
「ジントニックね…?オッケー。」
そう言ってママは手慣れた手つきでジントニックを作った。
紫色の照明に照らされながら私の前に差し出されたジントニックに思わず私の頬が少し緩む。
「乾杯でもする?」
そう言ってママは自分のグラスを私に差し出し、私もグラスを傾けてママのグラスに小さく重ねた。
*「えぇ…乾杯。」
カランっと氷がグラスに当たる音がして私はそれを口に運んぶとほろ苦い味が口の中に広がっていく。
「名前は?」
*「ミラです。」
「ミラちゃん…?あんた…もしかして結婚したいの?」
ママからの唐突な言葉に私は思わずジントニックを吹き出しそうになった。
*「ゴホッゴホッ…えぇ!?」
すると、ママは少し微笑みながら私にティッシュを渡してまた、タバコに火をつけた。
「まぁ、結婚もいいものよ?したいなら1度ぐらいしてもいいんじゃない?w」
そう言って煙を吐き出しながらママは笑ったがその言葉にそんな事ない!と強く言い返せなかったのはまるで自分の心の中を読まれているような気分だったから。
*「そう言われましても…彼氏もいないのに結婚なんてね…」
「前の彼氏と別れて…4年…いや、5年ってとこかしら?」
ママは眉をピクッと動かし、グラスの中にあるお酒を口に含みながらそう話すが私はママのその的確な読みが当たり内心ドキッとした。
ママの言葉と同時に頭に浮かぶのは数年前の最悪最低な私の恋愛。
「俺にはお前しかいないから…」
元カレはそう言っていつも私を抱きしめた。
*「私にもあなたしかいないから…」
そう私が口にすれば彼は私の唇を塞ぎ当たり前のように私のシャツの中に手を忍ばせホックを外し…
私はいつものように彼に抱かれた。
そして目覚めた時にはいつも、彼は部屋にはいなかった。
そんな寂しさはいつの間にか私にとって当たり前になっていたけれど、今考えるとアイツは口先だけの男で私の身体だけが欲しかったただの遊びで、私は都合の良い女だったのだろう。
トラウマのような嫌な過去を思い出した私は気を取り直しママに問いかける。
*「えぇ!?な…なんで分かるんですか!?」
「見えてるからよ。ぜーんぶ見えてるの。」
ママはカウンター越しに少し身を乗り出し私にそう言うとつい、私もその気になってしまいこの人は本当に全部見えてるんじゃないという感覚に陥ってしまう。
そう…私は根っからの占い好きなのだ。
*「じゃ…私が誰と結婚するかとかも…見えてます?そもそも…私って結婚できますよね!?」
「見えてるわよ?でも、結婚できるかどうかは…ミラ次第ね?」
*「私次第…私の結婚相手って…誰なんですか!?」
「バカなの?そんなの言うわけないでしょ?でもね?あんた可愛いから良い物…あげる。」
そう言ってママが店の奥から取り出してきたのは…小さな袋に小分けされた花の模様が入った角砂糖。
「はい。これあげる。」
*「角砂糖…この花は…桜ですか?」
「これは桃の花よ。ただこの角砂糖は普通の角砂糖じゃないの…男を虜にする…魔法の角砂糖。いわゆる…惚れ薬入り角砂糖よ。」
*「惚れ薬入り!?」
驚いた私は思わずそう大声で叫び、慌てて口を塞いで店内を見渡したが誰もいなくってホッとした。
すると、ママは身を乗り出しなぜか小声で話を続けた。
「ただし…重要なのはここから…!!例えば…これを溶かした飲み物を飲んだあと、相手が1番最初に見た人が好きになるという仕組みなの…」
*「1番最初…?」
「そう…例えばこれを気になる男に飲ませてすぐその男の瞳にミラがうつれば…きっとその男はの虜。でも、失敗してミラ以外の人を見れば…その女を好きなるってことね。」
*「なるほど…」
「それと、もし万が一…両想いの男に飲ませた場合…」
*「両想い…?」
「まぁ、ミラの場合はその心配はないかな?」
ママは笑いながらそう言って私を揶揄った。
私はママに聞きたいことが多すぎて正直、揶揄われたことに傷ついてすらない。
*「それどういう意味ですか!酷くないですか!?ってか、そんな事よりも!!ちなみに、効果はどれくらい続くんですか?」
「…2か月だったかな。」
*「2ヶ月…でもなんで私に?本当にいいんですかもらっても…?」
「もちろん…好きに使いなさい?可愛いからサービスよ。サービス!あ…あと…夜道…気をつけなさいよ?あんた可愛いから。」
*「え…?あ…ありがとうございます。」
私がモテない女だと思ったから惚れ薬入りの角砂糖をくれたのかと思ったママだったが、可愛いなんて言われたら日頃、言われなれていない私はとても気分がいい。
そして、私はご機嫌のまま残りのジントニックを飲み干し、その角砂糖をカバンの中に入れて自分のマンションへと帰宅した。
マンションに着きいつも通りポストを開けると、小さくて微かに膨らんでいる封筒が入っており不審に思いながら私はそれを手に取った。
不思議とその封筒には宛名も差出人も書いておらず…ジワジワとくる気持ち悪さに私は思わず勢いよく後ろを振り返った。
しかし、そこには変な気配がしたにも関わらず誰もおらず私はそのまま部屋へと入った。
つづく
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