第二十九話 一悶着
「なんか男子のパン食い競争の時はほとんどギャラリーしらけてたのに、女子になった途端に凄い注目度なんだけど。」
ひとりの女子の発言で入場を待つ出場選手の女子達は周りを見渡す。
「た、確かに、なんで?」
無垢な女子生徒達は気づいていなかった。この競技こそが男子生徒の最も注目する競技であることを。体育祭を盛り上げ、女子に本気でパン食い競争をしてもらうように仕向けたクラスまであったことを。
2年3組も例に漏れず、男子達の盛り上がりはすごかった。しかし、夏月杏子がこの競技を提案した理由は盛り上げるためだけではなかった。
真の理由は勝つためである。
夏月杏子ははぁはぁと興奮するタケに声をかける。
「ねえねえ。」
ポンポンと肩を叩く。
しかしタケは振り向きもせず。
「拙者はねえという名前ではないでござる。それどころではないので後にしてもらえるか。」
タケの無愛想な返事にイラっとし、昔のように反射的に脇腹を蹴ってしまう。
「ぐはっ!」
タケが倒れながら振り向く。
「な、な、な、夏月嬢であったか、す、すまないでござる。無視したこと許して欲しいので、もう一度蹴ってもらえないか?」
「ダメだこいつ。」と思ったがとりあえず話を続ける。
「ごめん痛くなかった?手加減はしたんだけど。」
「丁度良かったです!」
すこし顔を引き攣る杏子であったが気を取り直す。
「男子が前を陣取るから私見れないよ。どんな感じ?」
「1年生が終わって今から2年の番でござる。」
タケは何かに気づく。
「な、夏月嬢!なぜ2年3組は皆まな板なのでござるか?これでは勝てませんぞ!」
夏月杏子は呆れながら答える。
「ルールわかってる?他のクラスは案の定、体型でメンバーを選んでないね。実は出場選手全員を意図的に変えたんだ。余計なものが出てない子に。」
「なるほど、確かにその方が機動力が高くてパンも取りやすいですな!では、なぜ夏月嬢は出場しないのです?」
痛いところを突かれた杏子の本心は完璧美少女の自分に胸がないことを認めたくないからであったが、それらしい言い訳をする。
「わ、わたしは次の競技出るしさー。はっはっはっ。」
パン食い競争で2年3組は圧勝したが、観客達はそんな勝ちよりも3年の女女崎会長の出場を心待ちにする声で溢れていた。
今回の体育祭で1番の盛り上がりを見せたパン食い競争も、会長の勇姿をほぼ全校の男子が見届けて終わりを迎えた。体育祭も終盤、残す競技は男女それぞれのリレーと騎馬戦と棒倒しのみとなった。そして種目は杏子も出場するリレーへと移る。
ここからは高得点の競技が続く。リレーの女子の出場者は第一走者が杏子、第二走者が星宮、第三走者が八百坂、そしてアンカーに雨音という順であった。
午後の競技に関しては得点が高いため、最初にランダムで決まったメンバーから入れ替えを行っていた。
しかし、リレーに関してはパン食い競争の時のように理にかなった理由ではなく、責任重大なリレーの選手をやりたがる者がいない中で妥協して選んだメンバーであった。
このメンバーが選ばれた理由は、杏子と星宮は実行委員であると言う理由から。八百坂は目立ちたいからと立候補し、そしてアンカーの雨音はいつもポニーテールだから運動できそうという安易な理由であった。
不安は拭えないままメンバーはそれぞれの位置へ着く。
第一走者の杏子はスタート位置へ向かう途中、何かを言われた気がする。
陰口のようにも聞こえたが、いつものことかと思いつつ気にしなかった。
パンッとスタートの合図と共にリレーがスタートする。
さすがにリレーということもあり、他のクラスも走りに自信のある者を揃えているという感じだ。
しかし、華ノ宮の女子生徒の運動能力はさほど高くない。リレーの選手に選ばれていると言っても、ずっと練習をしてきた2年3組の女子達が負けるほどではなかった。
杏子はコーナーを走っている途中でひとりの女子生徒に並ばれたことに気づく。
「早いな。どこのクラスだ。」
チラッと後ろを確認すると2年2組である。
しかし、大分限界を迎えている感じがした。
「なんだ1組じゃないのか。だいぶ疲れてるみたいだし突き放すか。」
そう思った瞬間。杏子の右肩に衝撃が走る。
「え?何?」
杏子は思った瞬間、2年2組の女子に体当たりをされるように倒される。
そして倒れる瞬間、体当たりをした女子は薄ら笑いを浮かべ、今度ははっきり杏子にわかるように言葉を発しながら走り抜ける。
「うざいんだよお前。ばーか。」
会場からは悲鳴が起こる。2年3組の皆は絶望的な表情を浮かべたが、杏子は急いで立ち上がり切れた足の痛みを我慢しながら走り出す。
なんとか星宮へとバトンを渡す。
星宮は走り出す前に「大丈夫か?」と声をかけるが杏子は「そんなことより抜いてこい!」と元気に送り出す。
クラスの保健委員が杏子に駆けつけ、救護ブースへ連れて行こうとした際に、体当たりをしてきた女子が話しかけにくる。
「ごめんなさいね。悪気はないのよ、ちょっとした事故ね!」
杏子は事故なんかではなく故意にやったことは分かっていたが、この楽しい体育祭の雰囲気を壊す訳にはいかなかった。
「いいの!気にしないで!」
その女子は悪意の塊のような笑顔を向けた。
するとひとりの生徒がこの女子の胸ぐらを掴み怒鳴り始める。
雨音咲耶である。
「お前!わざとだろ!」
「な、なんなの?言いがかりよ!」
杏子は雨音を止める。
「大丈夫だから!雨音さんはアンカーなんだから準備して!」
周りの女子達は目の前で起こったことに困惑して雨音を止めに入らない。
「ど、どうしましょう。」
「男の方呼んだ方が良いのではなくて。」
「大変ですわ。」
お嬢様すぎて、この様ないざこざに耐性がない者ばかりだ。
雨音も空気を悪くした事に気づき、一旦落ち着く。
そして加害者の女子は逃げるように去る。
「ありがとう。雨音さん。」
「とりあえず。頑張ってくるわ。」
雨音は杏子の顔を一切見なかったが、アンカーの位置へ向かう雨音の背中は、頼り甲斐のあるものだった。
そんな中、2年3組の生徒達は杏子が転ばされた事に対して、2年2組に対してブーイングを浴びせていた。特に男子はクラスのいわばお姫様のような存在である杏子への攻撃は宣戦布告とみなしていた。
「棒倒しで2組のやつらに思い知らせてやろうぜ!」
「俺キレちまったよ。」
「絶対に許さない!棒倒しでリベンジだ!」
そして杏子への心配の声も溢れ出る。
「夏月さん大丈夫かな?」
「騎馬戦出られるのか?」
ひとりの男子も同じように杏子の身を案じる。
「な、夏月嬢のあの滑らかで白くて細い脚にき、傷がついてしまったぁ。夏月嬢のDNAが溢れている!赤く染まったあの足!拙者が傷口を舐めてやらねばー!」
クラスの男子達ですらタケのその発言にドン引きしていた。
リレーは杏子の転倒の影響もあり、4位で終わってしまった。
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