第二十八話 元生徒会長

体育祭実行委員と書かれたテントの横に仰々しく大きなテントが張られている。

それは生徒会役員用のスペースであり、役員は自由にそのスペースにあるイスやテーブルを使うことができた。

桜子は用事がなければ生徒会役員用のスペースには行かず、クラスメイト共に一緒に競技を観戦しているが、他の生徒会役員は出場する時以外はこのスペースの日陰にありついていた。

なぜ生徒会がこのような待遇で扱われているかというと、華ノ宮学院の生徒会は他の学校の生徒会とは大きく違うことも要因である。

華ノ宮学院の生徒会役員は選挙によって選ばれる事はない。基本的には学院やOB、OG、そして保護者達から推薦され選ばれる。過去に例外で生徒達からの推薦で選ばれた者もいるが、基本的には学院にとって最も相応しいと思われる人間がなる。その政治的に選ばれた彼ら生徒会は華ノ宮学院の象徴であり顔であるため、他の生徒とは扱われ方が違うことも皆理解している。


そんな生徒会スペースに先程まで友人達と競技を応援していた桜子が足早に戻ってくる。


「すみません。遅れてしまいまして。」


桜子はひとりの男性に頭を下げる。


「気にしないで夜々川さん。僕の方こそ突然お邪魔して申し訳ないね。」


男は柔らかい話し口調で品のある笑顔を見せた。

その男から漂う品格ある姿は普通に生活していたら身につくようなものでは決してないとわかる。

生まれた頃から徹底的に教育され身につけられたものだ。


そして、容姿も端麗で高い身長に長い足に小さい顔ととてつもないオーラを放っていた。

なによりこの伝統ある華ノ宮学院高等部の学ランに天下の高等部生徒会役員専用の校章を付けている。

この男は現華ノ宮学院高等部2年生徒会役員、元華ノ宮学院中等部生徒会会長の八乙女純二であった。


副会長の一ノ瀬は八乙女に対して問う。


「会長。なぜ中等部の体育祭なんかにわざわざ足を運んでくださったのですか?」


「それは君たち後輩の最後の体育祭を応援したくなっただけさ。それに三四も今回の体育祭を楽しみにしていたみたいだしね。」


一ノ瀬は八乙女純二という男の行動原理を昔からあまり理解できていなかった。ただの気分屋なのだろうがその行動に何かしらの理由があるのではないかと勘繰ってしまう。


「それと、もう僕は会長ではないだろ?敬称はやめて初等部の頃のように気兼ねなく話さないか?」


「そういう訳にはいきません。先輩なことに変わりはないですから。」


「それは残念。今だけでも昔みたいになれればど思ったんだけどね。」


八乙女の発言に一ノ瀬は怪訝な顔をする。


「三四と一ノ瀬が高等部に進学したら、また生徒会を手伝ってもらおうと思っているんだ。僕は来年高等部の生徒会長になるようだしね。」


次の競技へ出場するため入場を待つ女女崎を見つめながら八乙女は続ける。


「そうしたら、また僕は君達から会長と呼ばれ、大人になった後もずっと、かつてのような関係には戻れないのは少し残念でね。」


一ノ瀬はかつて女女崎と一緒に幼馴染のお兄ちゃんとして接していた八乙女を思い出す。

無邪気に遊び、子供にはわからないルールやしがらみのない世界。ただ自分達だけの世界だったことを。


「それは私達が成長したということです。過去は良い思い出ですが、今それを繰り返すことは間違っていると考えます。」


一ノ瀬は八乙女と女女崎の婚約の事を思い、ずっと考えていたことを口に出す。


「八乙女さん。すみませんが、私は高等部に進学した後は生徒会は辞退致します。女女崎だけを誘っていただければと思っています。」


一ノ瀬にとって、その答えは女女崎三四と距離を置くということである。


八乙女は何を考えたのだろうか、少し間を置いて答える。


「わかった。君がいないと大変だろうね。でも仕方ない。君の意思を尊重するよ。」


「ありがとうございます。」


一ノ瀬の礼を聞き、話題を変えるように八乙女が話し始める。


「それにしても今回の体育祭は妙に盛り上がってるように感じるが、それは桜子君の力かな?」


突然話を振られた桜子はビクッとする。


「いえ。なぜ私だと?」


「いや、特に2年生が盛り上がってるからね。それに釣られるように他学年の生徒達も体育祭を楽しんでいる。2年生に火をつけるほどの影響力のある人間は君くらいだろ?」


桜子に優しい視線を送る。


「いえ。私ではありません。」


「そうか。僕が中等部の頃の体育祭もこんな盛り上がりにできていたらと思うよ。それに三四もパン食い競争を楽しみにしてたみたいで入場前からソワソワしてるのがわかるよ。」


八乙女はそんな三四を微笑ましく眺める。


桜子は八乙女に率直に思ったことを言ってみる。


「女女崎会長がパン食い競争に興味があるなんて意外でした。」


八乙女は桜子の疑問に答えるように話す。


「彼女はね、臆病でおとなしい引っ込み思案に見えるけど、本当は人一倍好奇心旺盛なんだよ。本当はやりたい事、言いたい事、見たい事、聞きたい事、沢山あると思うよ。でもね、彼女はそうはいかないんだ。だから今回のようなささやかな望みに全力なのだろうね。」


"なぜパン食い競争なのか?"という疑問に八乙女の答えは桜子を納得させる物ではなかった。

しかし、女女崎三四という掴みどころのない人間を少しわかった気がした。


「桜子君、僕からも聞いていいかな?」


「なんでしょうか?」


「今回の体育祭の火付け役は誰かな?」


答えようか少し悩んだが、桜子は話すことにした。体育祭に競技がなぜ加わったかも、なぜ2年1組と2年3組はクラスTシャツを着てまで盛り上がっているのかを、そしてその要因となった人物の名も。


そして、桜子の話を聞いた八乙女は桜子に提案をする。


「夏月杏子を生徒会にいれなさい。」


桜子は驚いたが、すぐにその提案を拒否する。


「夏月杏子は生徒会のような組織には適しません。彼女自身望まないと思います。」


夏月杏子を前世から知る桜子だからわかる。生徒会のような権威組織に彼女は向かないこと、彼女は何にも縛られないからこそ夏月杏子らしくいれるという事を。


「君が来年の2月に生徒会長になる。そのサポートに副会長として夏月杏子を迎え入れてはどうかなと思ったんだけど。君がそう言うなら仕方ないな。」


八乙女は自らのお節介を謝罪した。

そして、体育祭は注目競技のひとつ『パン食い競技』に移る。



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