第二十七話 体育祭後半戦
午後の部が始まり生徒達はクラス毎に集まり始める。
2年3組は現状学年順位が2位で1位の1組とは僅差であることと食後ということもあり、午前中程の気持ちが入ってないことが伺えた。
特に男子は午前中の成績が良かったため、午後も余裕であると考える者までいる始末だ。
そんな男子を見た女子は午前中の成績が芳しくないこともあり、徐々に気持ちが入り始める。
「もし優勝できなかったら女子のせいで負けたとか言ってきそうじゃない。」
「それだけは勘弁ね!」
「午後で午前中の負けを取り返さないと!」
そんな男子と女子の間にモチベーションの差が生まれ始めた時、午後の部最初の競技である『男女混合二人三脚』が始まる。
この競技は仲の良い男女や恋愛関係にある生徒同士でペアを組み出場することが多い。
そのため出場しない生徒の殆どがこの競技を応援する気にもならない。ただリア充が見せつけてくるだけの競技であった。
しかし、2年3組はイレギュラーのペアがいくつか存在した。種目を決める際にくじ引きで決めてしまったことで完全ランダムの男女ペアになってしまったからであった。
そんな中いくつかのペアは他の生徒と種目を交換する形で遺憾なきペアになっておるが、夏月杏子と星宮すずは普段話したことのない男子とペアを組んだままであった。
「星宮出番だぞ!」
杏子が元気よく肩を叩くと星宮の顔は不満に溢れていた。
「マジでやんのかよー。」
「うちのクラスカップル少ないし、変わってもらえないのもしょうがないね。」
1クラス5つのペアでリレー形式のこの競技に出場する10人が、自分達のバトンを受け取る位置へと移動する。
星宮すずはスタートの位置に立ち、ペアの男子に声をかける。
「とりあえず足結ぼうか。」
緊張した表情のお坊ちゃまヘアーをした男子は裏返りそうな声で返事をする。
「は、はいっ!」
足と足を合わせて星宮が優しく2人の足を縛る。
男子の足にこそばゆく触れる星宮の指の感触にお坊ちゃまは変な声が漏れてしまう。
「ひゃいっ!」
星宮は顔を上げて男子に声をかける。
「ごめん痛かった?」
「だ、だ、だ、大丈夫です!」
星宮は緊張を隠しきれていない男子を励ます。
「とりあえず頑張ってみよう!私の掛け声に合わせて足出して!」
「りょ、了解です!」
そんな星宮と男子のやり取りを双眼鏡で観察している生徒がいた。
月野ほたるである。
双眼鏡を持つ手は爪が割れそうになる程に力が入っており、今にも髪の毛が逆立ちそうに怒りを露わにしていた。
「あのちんちくりんの坊ちゃん刈りがー!」
月野ほたるの周りの生徒達はその只事ではない気配に気づき、少し距離を取った。
パンッという乾いた音と同時に走り始める。
星宮のペアは一切練習していない。なぜなら、体育祭までの練習期間は男女別でやっており、混合競技の事は何も考えていなかった。
一方、他クラスの生徒達は2年3組とは違いカップル同士で二人三脚の練習を思い出づくりの一環で大分やっているようだ。
その実力差は歴然で星宮ペアは最下位で次の走者ペアへバトンを繋ぐ。
「俺たちに任せろ!」
クラスのイケメン男子の心強い一言は彼の婚約者であるペアの少女も勇気づけたようだ。
4番手をゆく彼らは一気に巻き返し2番手に付ける。
そして順位を維持して3番走者、4番走者へとバトンが続く。
そして最後の走者である杏子、タケペアにバトンが渡る。
少し時間は遡る。
「なんでタケ君がペアなの?」
当初ペアと予定されていた男子でないことを指摘する。
「実はクラスの男子で夏月嬢のペアに誰が相応しいか議論になりまして、結局結論が出なかったため、実行委員として拙者が拝命されたでござる。」
杏子は顔を歪めながら「えぇー。」と困ったリアクションをする。
「皆、最初は一緒のペアになりたかったようでしたが、議論が進むにつれペアを組む事に恐れ多いという感じになりまして。」
杏子は何かいい匂いがすることに気づく。しかもその香りが尋常じゃない位に強いことにも気づき始める。
「タ、タケ君。香水つけてたりする?」
「き、気づきましたか?実は男子連中が昼休みに失礼がないようにとさまざまな香水や制汗剤を拙者に撒きましてな。」
そのキツい匂いは、目眩がするほどの悪臭に感じてしまい、真っ直ぐ立っているのも辛い程であった。
当の本人は杏子が自分の変化に気づいてくれたことが嬉しいようであった。
「タ、タケくん私紐結べそうにないから足縛ってくれない?」
頭の痛い杏子はタケに結ぶよう頼む。
「了解したでござる!」
タケは屈んで靴を結ぼうした時に気づく。
夏月杏子の生足がすぐ目の前にあることに。
そしてタケの心の中は興奮状態になる。
「こ、これは夏月嬢の白くて細い生足!足をまじまじ見てはいかんぞ!合法的に目の前で観察できるからといって決して見てはいかんぞ!」
はぁはぁとタケが何か葛藤している事も今の杏子は気づくこともない。
足を寄せ合うと肌と肌が触れ合う感覚にタケの脳内にはβ-エンドルフィンが駆け巡る。
「これは体育祭の競技の一環であって、決してやましい気持ちがあるわけでないのである。はぁはぁ」
タケは煩悩に負けぬようにパッと体を真っ直ぐに立たせるが、立ち上がった際にもわっと先程の匂いが杏子の鼻を刺す。
「ぐはっ!」
杏子は思わず声に出してしまう。
「大丈夫であるか?」
「うん大丈夫、大丈夫。」
そして、時間は戻りバトンは最終走者である杏子、タケペアに渡る。
肩を組むと同時に杏子は鼻呼吸を止める。
タケは杏子から香る女子特有の心安らぐ優しい香りに鼻が反応し、普段より鼻呼吸が激しくなるタケは心の底から思う。
「あー幸せでござる。一生こうしていたいでござる。ゴールなんて目指さなくてもよいではないかぁ。」
妙に遅いタケに杏子は合わせるように走る。
「タケ君もうちょっと早く走れない?」
「無理でござるよ〜。」
タケの顔は上の空であった。
アンカーの杏子とタケペアは最終的に3位フィニッシュで『男女混合二人三脚』は終了した。
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