第二十五話 親友

女子100m走のために、女子達は入場門への待機列に並ぶ。

列に並ぶ杏子は自信に溢れていた。

なぜなら鬼ごっこなどの遊びの練習により、女子達は走る競技でなら勝負になると考えていたからだ。

杏子は他のクラスのメンバーを確認する余裕があった。

女子100m走は各クラス10人が出場する。

そのためどのクラスも走りに自信のある者が選抜されているはずであるが、見慣れた顔が他クラスのメンバーにおり杏子は違和感を感じた。

「あれ、時子?意外と足早いのかな?」


声をかけようしたが、2年2組の時子は2年1組の生徒となにやら会話をしていた。


友達がいないと思っていた時子が他のクラスの子と話していることから、杏子は友達できたのかなと嬉しい気持ちとちょっと寂しい気持ちになった。

気になった杏子はチラチラと時子に目を向けてしまう。

そこで、杏子はどうやら友達のように楽しそうに話している感じではないことに気づく。


話をしている1組のツインテールの少女は何者なのだろと杏子は少し気になった。



杏子は100m走最後の走者で、先に走るクラスメイト達が予想通り1位と2位を取っていく。

しかし、2年1組もまた1位と2位を多く取っており、女子100m走だけのポイントでは1組を抜く事はできそうになかった。


最後の走者の番が巡ってくる。

杏子は1組の最後の走者が桜子なのを確認する。

「よし、1組最後は桜子か。1位余裕だな!」


杏子は自信があった。かつての妻は運動神経はよくない。しかも、他のクラスの女子も特別運動ができるというわけではなさそうだ。

それに杏子は体が小さな少女になったとしても、運動神経の良かった男の頃の体の使い方が染み付いている。


ピストルの乾いた合図と共に一斉に走り出す。


横一列に一斉に並んだ走者から杏子は体ひとつ、ふたつと抜けていく「勝った。」と杏子が思った刹那、後ろから長い足が地面を強く蹴っているのが横目に映る。


「抜かれる。」


杏子が思った時には桜子はゴールテープを破っていた。


ゴールを駆け抜け、膝に手を置いて杏子は呼吸を整える。


「くそっ!あいつあんなに足早かったか!?」


桜子が杏子に近づいた。


「驚いた?」


杏子は顔を上げ、したり顔の桜子を睨む。


「くそー!お前ドーピングしただろ!?」


難癖をつけてくる杏子を可愛いと思ったのか桜子は頭を撫でる。


「そんなわけないでしょー。」


「て、敵同士が馴れ合うなー!くそっ!くやしー!」


手を振り払う杏子の表情には悔しさが滲んでいた。


「悔しいならよかったわ。かつては同じ土俵にいられなかったから。今ならどんな事もお互い分かり合えるわね。」


杏子はその言葉に思う。


「確かに、そうだ。今まで運動もそうだけど。それ以外も同じ環境にいなかった。勉強も仕事も全て妻とは真逆の場所にいた。これから本当の意味でお互いを理解し合えるのかな…。」


桜子に背中を向けた杏子は退場ゲートに向かいながら伝える。


「次の種目は、負けないから!」


桜子は前世から数えて今まで、一番心の底からワクワクした。

夫と真剣に戦えることを。


クラスメイト達に出迎えられた杏子達100m走組は悔しさを隠せないでいた。


「ここで1組に並べればと思ったのですが。」


「すみません。1組に差をつけられてしまいました。」


しかし健闘した彼女達を責める者いなかった。


「俺たち男子100m走で取り返すよ!」


「大した差じゃないよ!」


杏子は体育祭でクラスの仲が良くなっていることが嬉しく、なぜか涙腺が少し緩んでしまう。


「年取り過ぎたかなぁー、最近涙脆いわ。」


隠れてハンカチで涙を拭く杏子であった。



男子100m走は男子がほぼ1位を取ることができた。2年生順位も2年3組は2位を維持して、1位とのポイント差も縮めることができた。


しかし、2年3組はその後の競技でも良い成績を出し2位をキープできているが、1位の2年1組との差に大きな変化を出せていない。


そして、午前の部最終種目の「借り物競走」が始まろうとしていた。


杏子は競技には出場しないので午前中最後の競技を全力で応援するために立ち上がった。


「これが終われば昼だー!お腹すいてきたな。」


それと応援以外にもこの競技に杏子は興味深々であった。友人が多く出場するからである。


競技の開始を待つ列には少し不安な様相の朝野時子がいた。

厄介そうな競技を自然と押し付けられた彼女は、自分が無事にゴールすることができるか不安であった。お題の紙に書かれた物や人を持ってゴールしなければならないからだ。友人の少ない時子にとっては酷なルールである。


時子は不安を紛らわすため周りを見渡す。

多くの生徒や保護者が午前中最後の種目ということもあってか注目している。顔が青くなり、余計に不安になってしまう。

すると肩を優しく叩かれる。振り向くと最近友人となった星宮すずが声をかけてくれていた。


「朝野さんも出るんだ。お互いに頑張ろうね!」


「うん。そうだね。」


明らかにナーバスになっている時子に星宮は励まそうとする。


「大丈夫だよ。この競技はみんな協力的だし。それに保護者なんか目立ちたくて連れていかれたがってるよ。」


「それなら、いいんだけど。」


入場がはじまり、続々とレースが進んでいく。


星宮すずの番になる。

横一列に並んだ各クラスの女子達がピストルの合図と共に走り出す。


時子は自分の番が近づくにつれて心臓の鼓動が早くなっていることに気づく。


「どうしよう。」


汗がじんわりと手の中に広がるのを感じる。


友人の星宮すずがお題の紙を引きキョロキョロと周りを見渡しているのがわかる。

そして、保護者の応援席に一直線で向かい、カメラクルーを引き連れた大所帯のいる場所へと走る。

頭を下げた星宮は協力をお願いしているのだろう。

暑い中でも高級そうなスーツを身につけ、上品そうな顔立ちに整えられた髪と髭を蓄えた見るからに紳士な男性の手を引いて、ゴールした。


実行委員がお題に対して男性が正しい確認するために星宮にマイクを向ける。


「お題は何でしたか?」


「七三ヘアーの人です。」


実行委員は連れられた男性を確認する。


「オッケーです!」


星宮の後に続いて他のクラスの生徒も物や人を連れて戻ってくる。


2年3組星宮はなんとか1位になれガッツポーズをすると紳士な男性も合わせてガッツポーズをして星宮と男性はハイタッチをする。

かつての星宮では考えられない程熱くなっている。そして、この保護者の男性もノリノリであった。


星宮は男性にお礼を言う。


「ご協力ありがとうございました。」


「いやこちらこそありがとう。3組には娘がいるからね。少しでも協力したかったんだよ。3組以外に頼まれてたら協力しなかったよ!」


娘の体育祭の勝ちのためなら、中学生女子の頼みも平気で断れてしまうこの男性を、少し怖く感じた星宮であった。


そして、借り物競争も山場を迎える。

最終走者には桜子と時子がいた。

ピストルの乾いた合図と共に一斉に走り出す。

意外にも全員がくじを引く白い箱の前にほぼ同時に到着する。

時子もそこで大きく遅れなかったことに安心したが、一喜一憂してる余裕もないため箱から一枚紙を引く。


そこには大きく「親友」と書かれていた。


時子の脳内には2人の少女が浮かんだが、そのうちのひとりは選択肢からすぐに消えた。

彼女自身その少女が「親友」というお題で頭に浮かんだことが不思議であった。


時子は親友の杏子を探すべく周りを見渡した。

杏子の姿を確認し走り出す。

自分に初めてできた親友。親友と自信を持って言える存在の夏月杏子の元へ。時子は少しの安心と「親友」というお題で良かったと心から思った。

しかし、杏子の前にひとりの少女が立っていた。

杏子は嬉しそうな笑顔で彼女の手を取って走り出した。

時子を杏子と少女はすれ違いゴールする。


実行委員の声が響く。


「一番にゴールしたのは2年1組夜々川桜子さん!」


多くの歓声が響く。


「夜々川さんお題は何でしたか?」


「お題は大切な人でした。」


そして、実行委員が杏子にもマイクを向ける。


「夜々川さんはこう言ってますけど。夏月さんはどうなんですか?」


杏子はマイクに向けて嬉しそうに答える。


「私も桜子のこと親友であり幼馴染でとっても大切な人です!」


一部の女子生徒からのブーイングもあるがその答えに大歓声が響く。



時子は立ち尽くし、一歩も動けなかった。

タイムアップの合図がなり、時子はゴールすることができなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る