第二十四話 ライバル

2年生女子が最初に参加する競技は『玉入れ』であった。女子が全員参加の競技ということもあってか学院中の男子から注目されている。


待機列で杏子は桜子を見つけ、彼女の身につけているクラスTシャツを指差した。


「おい!桜子これどうしたんだよ?」


「なんかクラスの子達が作ったみたい。私が体育祭頑張りたいって話したら、クラス全体が盛り上がったの。」


杏子は桜子の影響力の凄さを実感すると同時に自分の無力さを感じた。


「え?じゃあ練習とか結構した感じ?」


桜子は不敵な笑みを浮かべた。


「そりゃあ、もちろん。」


「今までそんな事一言も言ってなかったじゃん!」


「あら。忘れてない?勝負するって言わなかった?」



「た、たしかにファミレスで、言ったかも。」


「そういうことよ。今日はあなたとは敵同士ね。」


「相変わらず強かな女だなお前は!」


「ありがとう。」


桜子の嬉しそうな顔に腹が立ち、杏子は絶対に負けられないと思う。


そして2年生最初の種目の玉入れが始まり、杏子やクラスメイト達は今までに見たことのないやる気の表情をしていた。それは「絶対に勝つ!」という思いから生まれる気合の表情であった。

しかし、競技が終わった時、彼女達の表情は絶望へと変わっていた。



玉入れが終わり、女子達は退場のためのゲートをくぐっていた。その表情は暗く、入場時の表情とは真逆の表情であった。

何と2年3組は入れられた球が3個という珍記録を達成していた。


クラスの士気は最悪だ。毎日練習をして、クラスTシャツを作り、そして優勝を目指すと吠えていた2年3組は学校中からの笑い物だろう。

そう感じている者も少なくはない。


杏子はそこで士気を落とすわけにはいかないと喝を入れる。


「みんな!気にすんな!玉入れは練習してなかったんだし、ひとつ落としたくらいで気にするな!」


しかし、クラスの士気は決して上がらない。


「私達に運動は向いてないわ。」


「学校の笑いものだよ。」


実行委員の星宮ですらクラスを引っ張るどころか、何か1人でブツクサ言っている。


「ほたるに恥ずかしい姿見せちゃったよー。私バスケットボールのシュートみたいにカッコつけてたのに、一個も入らなかった。」


杏子は一人一人を励ますように声をかけるが、ネガティブな雰囲気は変わらない。


2年3組のクラスの集まるスペースへと戻った女子達に男子達も声をかけづらい感じであった。


しかし1人の女子生徒が声を上げた。

八百坂卯月であった。


「あなた達!いい加減顔を上げなさい。これから競技へと向かう男子達にそんな顔を見せてどうするの?さあ切り替えて男子の応援をしましょう!」


女子達は八百坂の通る声に反応するように顔を上げる。


「八百坂もそう言ってるし、切り替えよう。」


「まあ今日位男子を応援してもいいかもね。」


杏子は八百坂卯月という人間がどれほどクラスの人間に慕われているか実感する。

そんな八百坂に杏子は見入ってしまう。

しかし、八百坂の様子が何かおかしいと感じる。

なにやら保護者席をチラチラと見ているとようだ。

そして、その目線の先には、朝父が話していたカメラクルー達が姿があり、そのカメラは八百坂の姿を捉えていた。


杏子は察した。八百坂はクラスを励まし、士気を挙げている自分の姿がちゃんとカメラに写っているか確認していた。


可愛いやつだなと思った杏子であったが、少しイタズラをしたくなった。


「八百坂さん!ありがとう!私の言葉ではどうにもできなかったのに、八百坂さんすごいね!」


八百坂は誇らしげに笑う。


「当然のことですわ。私もクラスの一員、勝つために私のできることをしたまでですわ!」


「ところで八百坂さんは球入れで何個入れられたの?」


この意地悪な質問にも八百坂は表情を変えず、したり顔のまま答える。


「1個ですわ!3分の1は私の得点でしたわ!」


残りの3分の2の得点者の前で誇らしげになる八百坂を心から尊敬する杏子であった。


「こいつのこういう所見習わなきゃな。」


そして男子達は円陣を組み綱引きへと向かった。

例年の体育祭であれば自分の出場する種目以外に興味がなかった女子達であるが、自分達の負けを消して貰えるよう男子達を必死に応援した。

男子達は体育祭に向けた練習のおかげか、女子達の声援のおかげなのかはわからないが、綱引きで他クラスを圧倒して1位で終わらせた。


戻ってくる男子達の表情は普段馬鹿な話ばかりして女子達から疎まれている姿とは違い、頼り甲斐のある男らしい表情をしていた。

そんな男子達に杏子はキラキラした表情で褒め称える。


「すごいよー!みんなー!」


杏子に他の女子も続き、男子達を労った。


男子達は普段女子達に褒められた事がないため、先程までの引き締まった表情がだらしなく緩む。


そんな男子達をタケが喝を入れる。


「まだ一回勝っただけでござるよ!気を抜くのはまだ早いですぞー!」


クラス全体の空気が引き締まるのを感じた。


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