第二十三話 体育祭

晴天に恵まれた朝、杏子は普段より早く起床した。もう少し寝ていたかったが、何やら両親が忙しそうにドタバタとしていたからである。


目を擦りながらリビングの扉を開けると、体育祭で娘の勇姿を見ることを心待ちにしていた両親が忙しく支度をしていた。


「あら杏子ちゃん早いわね!」


母親の甘ったるい声を聞き、キッチンに目を向けると大食いの大会でも開くのかと思うほどの量の料理を用意していた。


「おはよう。すごい量だね。」


「実行委員になったって聞いたから、今回の体育祭は杏子ちゃんの出番多いと思っていっぱいお弁当作ったのよ!」


「実行委員になっても出番は変わらないよ!」


「そうよねー。考えたらそうだったわ。ただ杏子ちゃんが体育祭の準備頑張ってたみたいだからママも頑張っちゃたのよ!」


「ありがと。でもそんなに沢山食べれないよ。」


「大丈夫よ!パパがどうにかしてくれるわ!」


杏子は父に頑張ってもらうしかないと思いながら父が何やら作業をしているので確認に向かった。


「おはよう杏子!」


「お父さん何してるの?」


父は自慢げにカメラを杏子の方へ向けた。


「どうだい!新しいカメラを買ったんだよ!杏子が体育祭の練習頑張ってるって聞いたからね!奮発して買ったんだよ!」


カメラのことをよく知らない杏子でも、このカメラが高いとわかる。まるで映画の撮影でもするかの様だ。


「お父さん大袈裟だよ。ただの体育祭なんだよ!」


「いやーそれが去年の体育祭でカメラクルーを連れてきている家があってね、パパも負けてられないと思って機材だけでも頑張ったんだよ!」


「え?ほんとに?」


「本当だよ!たしか八百坂さん家だったかな。」


杏子は八百坂なら「やりかねない。」と納得し、八百坂の家族が少し気になった。


作り過ぎたお弁当の余りを朝食にして、少し早いが桜子を家の前で待つことにした。

待っている間杏子は体育祭に両親が来てくれるという事実に、少し心が躍っていた。

「前の親は体育祭来てくれたことなかったな…。」



教室に着くと、クラスは手作りのTシャツを着込んだ生徒達がはしゃいでいた。

杏子はこの雰囲気にかつての中学生時代を思い出し「良い雰囲気だ。これならいけるな!」と思ったが、数秒後にはどうやらそう簡単に行かないと思わせられる。

教室に急いで入ってきた八百坂がクラス全体に報告する。


「1組の方々もクラスTシャツ姿でしたわ!」


1組は桜子のクラスであった。そして八百坂は続けた。


「それもちゃんとしたクラスTシャツでしたわ!」


2年3組の落書きだらけのTシャツをお互いに見合わせる。

先程までの喧騒が嘘のように静まり返った。

そして、グラウンドに集合する時間になり紫外線の差す屋外へとゾロゾロと赴いた。

その自信を喪失した皆の姿は、これから戦いに行く人間の姿には見えなかった。


開会式が始まり保護者達もカメラを向けはじめる。副会長が選手宣誓を行い、体育祭の始まりの合図の乾いたピストルの音が鳴らされる。


華ノ宮の体育祭は1学年4クラスで競い合う。

そのため各学年毎に優勝クラスが生まれる。

そして各学年の優勝クラスでポイントが一番多いクラスが全校優勝クラスとなる。

そのため、全校優勝を目指すとなると多くの競技で勝たなければならない。

特に今年の2年生の様に学年でやる気のあるクラスが多ければ多い程、お互いにポイントを分け合ってしまうため全校優勝は厳しくなる。


最初の競技が始まる前に杏子はクラスの全員を集めていた。


「どうやら1組もやる気みたいだけど、できるだけ勝って優勝目指そう。でも、それ以上に体育祭を楽しんで一生の思い出にしよう!」


杏子の言葉にクラスは「おー!!」というクラスの掛け声と共に競技開始のアナウンスが流れる。

自信を喪失していたクラスの皆もこの掛け声で一気にやる気になった。


そして、待ちに待った体育祭が遂に始まる。


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