第二十二話 前夜祭

体育祭前日の夕方。

2年3組は充足感に満ちていた。やるべき事は全てやった彼らは、残る本番を全力で頑張るだけであったからだ。

体育祭がこんなに楽しみになると思わなかった皆は体育祭実行委員に感謝を述べた。


「夏月さん達のおかげで明日が楽しみだわ。」


「最初は体育祭なんてって思ったけど、今は体育祭頑張りたい気持ちだよ。」


「優勝しかないね!」


口々に体育祭への思いを語って騒がしくなった教室の扉が激しく開く。


クラス全体が驚き、一斉に音の出所へ目線を向ける。


そこには大きな段ボールを抱えた八百坂が辛そうに立っていた。


「ちょ、ちょっと運ぶのを手伝ってください!落としてしまいそうですわ!」


急いで数人の女子が八百坂を手伝う。


杏子は八百坂に何事か問うと誇らしげに八百坂が語り出す。


「見てごらんなさい!これはクラスTシャツと言われるものですわ!」


八百坂が段ボールから1枚のTシャツを広げる。

しかし、それは杏子の知っているクラスTシャツではなかった。

某有名ラグジュアリーブランドのロゴの入った無地の黒いTシャツであった。

決して安い物ではなく、無地であったとして数万円はする物である。

誇らしげの八百坂が続ける。


「巷の学校ではクラスTシャツなる物を着て学校行事に参加するそうよ!だから私がクラスTシャツを全員分用意しましたわ!」


杏子は八百坂へ自分の記憶にあるクラスTシャツについて教える。


「八百坂さん。嬉しいんだけど、クラスTシャツって例えばクラスメイト全員の名前が入ってたり、クラスのスローガンが入ってたりしたと思うんだけど。」


「え?夏月さん、詳しいのね!どうしましょうか、皆で同じTシャツを着るものだと思っていましたわ。どうしましょう。今から業者様にお願いしても間に合わないわね。」


星宮がおもむろに段ボールからTシャツを手に取った。


「じゃあマジックでお互いに何か書き合うってのはどう?」


手作りのクラスTシャツに皆も賛成する。


「それ面白そうだな!」


「おい誰かマジック持ってない?」


「美術室にあるかな!」


ノリノリのクラスは学校中から色とりどりのマジックを集めだした。


杏子は八百坂にでかしたと背中をポンと叩いた。


「八百坂さん!ありがとう!これでクラス一致団結してる感じ出るね!それと無地のTシャツでよかったよー!ナイスだね!」


「まあこれくらい当然ですわ!それに大量に用意できるのが無地しかなかったのですわ!」


高笑いをする八百坂はイキイキとしており、杏子はそんな八百坂が少し可愛く思えた。


そして、お互いのTシャツに落書きしあう2年3組はちょっとした前夜祭のような雰囲気であった。


かつてクラスから浮いていた星宮も、意地悪だった雨音もその取り巻き達も女子から白い目で見られがちな男子達も、普段から斜に構えて学校行事に乗り気じゃない生徒も、そして杏子自身も無邪気に騒いだ。

全ての垣根がなくなったこのクラスは、初めて一丸となり明日の体育祭へのぞむ。


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