第二十一話 心の醜さ

体育祭も後2日に迫った華ノ宮学院は、終日授業はなくなり体育祭モードへと変わる。杏子を含めた体育祭実行委員の準備班は忙しく働いていおり、実行委員ではない生徒はそれぞれクラスで体育祭に向けた練習を行なっていた。


杏子はそんな忙しい合間をぬってでもやらなくてはいけない事があった。

雨音咲耶の説得である。

練習できる期間は後2日もないため杏子は焦っていた。


グラウンドではクラスの女子達が楽しそうに騎馬を作り、移動の練習を行なっているのが見える。しかし雨音の姿はなかった。

クラスの取り巻きとは普段は仲良くしているのを目にするが、練習になると姿を消してしまう。


この広い敷地の華ノ宮で、ひとりの生徒を見つけ出すのは至難であった。

杏子はふと「青春ドラマとかだと屋上に探している生徒いたりするよな。」なんて思い向かってみることにした。

屋上のドアを開け寸歩ほど外に出てみると案の定ポニーテールを風に揺らして立っている雨音咲耶の姿があった。

杏子の存在に雨音も気づいたようだ。


「何しに来たの?また土下座でもしに来た?」


「雨音さんが望むなら、するよ。何回でも。」


「アンタキショいね。マゾだったりするの?」


杏子は少し考えてから雨音の前で両膝をついた。

雨音が動揺した事は表情からもわかる。


「アンタ何やってるのよ!私はしろって言ってないでしょ!」


「うん。言ってないよ。私が勝手にやってるの…雨音さんにちゃんとお願いしたいから。」


雨音は思わず「やめてよ!」と叫んだが杏子は無視して額を床に擦り付けながら懇願した。


「クラスの皆んなと一緒に練習に参加してください。なんでも言う事聞きますからお願いします。」


哀れな姿に涙声の杏子のお願いは本質的に善人である雨音には堪えるものであった。


「そんな事やって!私が悪者みたいじゃない!被害者ヅラしないでよ!」


雨音は震えた声で叫ぶ。

杏子は顔を上げ雨音の顔をじっと見る。

目が合うと雨音は涙を流しながら杏子へ言葉をぶつける。


「アンタが最初に私を拒否したんだ!」


杏子は彼女を思い出す。かつて彼女に言ったことも彼女に思ったことも。

そして気づく、なぜ彼女を思い出せなかったのかも。


「4年生の時、私に声をかけてくれたよね。思い出したよ。変わったんだね。」


「今更思い出したから何だって言うのよ!」


「あの時の事で傷ついたならごめんなさい。本当にごめんなさい。」


雨音は謝罪に対して感情的に怒鳴る。


「謝るな!」

その一言には杏子に対する憎悪が込められていた。

しかし杏子は続けた。


「何より私の言葉が足りなかった。私はあの時の雨音さんは苦手だったのは事実なの。でもねあの時、本当は伝えなければいけなかった。笑顔を作ってる雨音さんより素でいる方の雨音さんの方がいいよって。言ってあげられなかった。」


杏子は少しの間を置いた。


「私は今の言いたい事は何でも言える雨音さんの方が素敵だってはっきりとわかるから。」


雨音は昔も今も自分が嫌いだった。心も容姿もすべて。心を良くしようとしても失敗した。それは元々自分が悪だから、いくら頑張っても善にはなれないならば悪でいようと。

しかし、目の前の少女はあるがままの自分の方が良いと言った。

それは雨音にとって受け入れられない事であった。


「どうしてあの時言ってくれなかったの?作り笑いしない方が素敵だって、もしあの時言ってくれてたら。」


雨音は泣き崩れる。


「こんな醜い人間にならなくて済んだのかもしれないのにー!」


泣き崩れた雨音を杏子は優しく抱きしめたが、なんと言葉をかけてよいのかわからなかった。


杏子は過去に自分が雨音にしたこと、記憶が戻った後に雨音にした事。全てが彼女を傷つけていたことを知った。

彼女がどれだけ優しく、繊細であったかを知ってしまった杏子は彼女を追い詰めた自分の責任を強く感じた。



ふたりの女子生徒は体育祭の準備も練習もすっぽかし、屋上で体を寄せ合うように肩を並べて座っていた。


落ち着いた雨音は杏子の温みに居心地の良さを感じ、ずっとこうしていたいと思った。

泣いてすっきりとした気持ちには心の平穏があった。


「夏月、やっぱり私はアンタの事嫌いだから。でも体育祭の練習は参加する。約束したし…。」


「うん。」


「それに皆んなが楽しいそうにしてる姿を見てて羨ましくなったから、体育祭頑張る。」


「ありがと。」


「アンタのためじゃない、クラスのため。それと自分のため。」


「わかってる。」


「これで満足した。じゃあ私は行くから。アンタも早く来なよ。」


「うん。」


屋上から屋内へ入ろうと扉を開けた雨音は一度足を止め、決して杏子の方を振り向かずに思い出したかのように声をかけた。


「一応言っておく。作り笑いしてない私の方が良いって言ってくれてありがと。自分に少しは自信持てるかも…それとアンタの温もりは嫌いじゃなかった。」



杏子はその言葉を聞いて、雨音の方を振り向く。

雨音は少し照れ笑いを浮かべながら杏子の方を振り向いた。


その不器用な笑みこそが雨音咲耶そのものであった。

その笑顔を引き出した杏子も立ち上がり屋内へと戻る。


「じゃあ一緒に練習行こうか。ふたりでみんなに謝ろう。サボっちゃたし。」


体育祭2日前、クラスがまとまり始めた。



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