第十八話 青春と影

中間テストが終わった華ノ宮学院2年3組は体育祭モードへと切り替わっていた。

それも夏月杏子という一生徒のお陰であった。


ホームルームが終わったあとは普段であれば帰宅準備を始めるが、この日は皆で更衣室へと向かい体操着に着替えていた。

そして、更衣室内では終わったテストの結果が話題であった。

杏子はふと思い出すように星宮に尋ねた。


「月野さんテストどうだったの?」


「1年の時と同じくらいの位置はキープできたみたい。それに私は少し良くなった。」


人に教えた事により、自分の勉強になる事を証明できたようだ。


「夏月はどうだった?」


「上位20位から落ちて30位位だった。」


苦笑いする杏子は実は安心していた。

なぜなら、かつての自分のことを考えたら30位でも快挙だからである。

そして、話題は問題の朝野時子へと変わる。


「それは残念だったな。30位でも凄いけど。朝野さんはどうだっか聞いてる?」


杏子は嬉しそうに話し出す。


「それが、かなり良かったみたいで40位程だって!やっぱ今ままで勉強の仕方とかわからない所聞く相手がいなかっただけで、そこが解決できればきっと地頭はいいからできちゃうんだよ!」


星宮も感激して喜ぶ。


「じゃあ今度、慰労会でも開こうか!」


「いいねー!やろう!」


また、みんなと集まれる喜びで杏子ははしゃいだ。




着替えも終わり、教室に集まった生徒は20人程であった。

その20人のまとめ役である杏子が声を出す。


「体育祭の練習ために残ってくれてありがとう。今日部活や用事で参加できない人もいるけど、こんなに多くの人が残ってくれてうれしいよ。」


杏子の声を聞いてパチパチと拍手が起こる。


「一応毎日練習しようとは思うけど。参加できる人だけ参加してくれればいいから。無理はしないように楽しみましょう!」


「おー!!」


集まった生徒達はやる気に満ちていた。


「じゃあ男子はタケくんとコウちゃんに任せるからよろしく!」


男子から一斉に「えー!」という落胆の声も聞こえたが、そうだろうなとほとんどの男子は理解していた。

ブーイング混じりの落胆の声を聞いたタケとコウちゃんは気にしていない様子で、早速グラウンドに男子を移動させる。

男子だけになった一団はリーダーのタケの言葉に耳を傾ける。


「では拙者の考えて来たメニューを諸君らにこなしてもらうぞ。」


コウちゃんがタケの言葉に合わせて練習メニューの書かれた紙を男子に配る。

メニューの内容は筋トレやジョギングなどの基礎トレーニングばかりだ。

メニューを確認した男子から、またしても困惑混じりの声が漏れる。


「諸君!これも夏月嬢の笑顔のためだ!この間の夏月嬢の涙を見たろ?あんな顔を2度と見たくないだろ!日本男子として夏月嬢の笑顔の為に、過酷なトレーニングを乗り越え、優勝を勝ち取りましょう!!」


男子は修羅場の会議を思い出し、心が震え立つ。

「おー!!絶対優勝だー!!」


男子の雄叫びが薄らと聞こえた教室では夏月を囲むように固まる女子達はこれから何をするのか、少し不安であった。

八百坂は夏月に問う。


「男子達は練習を始めたみたいですが、わたくし達女子は何をすればいいのかしら?」


杏子は少し考えるように顎に手を当てていたが、やる事が決まったようであった。


「じゃあ鬼ごっこしよう!」


「はい?」

八百坂は困惑し、聞き返す。


「鬼ごっこだよ!」


杏子の言った言葉は間違えないようだ。


「鬼ごっこって遊びでしょ?練習じゃないじゃない。」


「まあそうだけど。お前らまともに運動してきてないだろ?筋トレや走り込みなんてやったら体持たない気がしてさ。」


確かにといった雰囲気は皆図星といった感じだ。

そして杏子は続ける。


「それに体育祭を楽しむように練習も楽しんだ方が思い出になるでしょ!」


女子達の不安そうな顔が笑顔になる。

そしてグラウンドに移動して杏子は声を上げる。


「じゃあ最初の鬼は星宮な!みんな逃げろー!」


突然の鬼指名に星宮は杏子に文句を言うが、あの笑顔には届かないと悟る。

星宮も自然と笑顔になって走り出す。


「夏月ー!まてこらー!」


奇声混じりの笑い声がグラウンドに響く。流す汗も鬱陶しく感じない、青春の時間が始まる。



グラウンドから聞こえる「キャッキャッ」という声を心地良さそうに聞き、女子生徒達の鬼ごっこを見守っている生徒がいた。

生徒会長の女女崎三四であった。


「ねぇ、奈々。みんな可愛いわね。穢れなき無垢な少女達。きっとあの子のおかげなのね。華ノ宮でこんな光景が見れるなんて。」


「三四、お前は本当に2人の時はよく喋るよな。」


「知ってるでしょ?本当は私がおしゃべりなこと。」


やれやれといった表情の副会長の一ノ瀬奈々。


「そうだな。あいつのお陰なんだろう。華ノ宮の生徒はどこか斜に構えた生徒が多いから、あんな無邪気な姿は珍しいな。」


「夏月杏子ちゃん。本当に可愛い。彼女がそばにいれば桜子も大丈夫ね。きっと。」


意味深なセリフにも副会長は全て理解したように三四に近づき、三四の顔を自分に向けるように顎をクイと指で引く。

目が数秒合うとふたりは引き寄せられるように唇を重ねる。ふたりきりの生徒会室に流れる時間はこの時だけは永遠のように感じられた。


「どうしたの?」


三四が奈々へ問う。


「別に。理由はないよ。」


奈々はわかっていた。ふたりの時間は長くないと。いつか友達に戻らないといけないと。

無論、三四もわかっていた。

このささやかな時間とプラトニックな気持ちを大事にしなければと。


「三四。夏休みにどこかふたりで旅行にでも行かないか?お前の誕生日のお祝いに。」


三四は笑顔を見せるが決して心からの笑みではなかった。


「そうね。でも、15歳になる夏休みだから色々忙しいかもしれない。スケジュール的にもメンタル的にもね。」


「そうだよな。」


三四は重い口を開くように奈々へと伝えなければならないことを伝える。


「正式に八乙女さんと婚約することになるわ。」


奈々はわかっていた15歳で女女崎家の女性はみな婚約し、婚約パーティーを行なって公になることも。


「三四…」


「でもあなたも知っているでしょ。八乙女さんは凄い素敵な人で私には勿体ない位の方よ。」


三四と奈々と八乙女は幼馴染であり、2個年上の彼を2人は幼少の頃より兄のように慕っていた。2人が中等部1年の頃に華ノ宮の生徒会長であった八乙女は2人を1年時から生徒会の役員として迎え入れている。


「三四。どうすることもできない私が、意気地なしな私が憎いよ。抗う勇気がない自分が…。」


「いいのよ。私とあなたの関係は今だけだから美しいし、かけがえのない物なのよ。昔約束したでしょ、この時間を大切にしようって。」


「わかってるよ。でも、心の整理が。」


「徐々に慣れるわよ。それに私も望んでいるのよ婚約を。私の人生は劇的でなくていいと自分自身が望んでる。私のわがままに付き合わせてしまっているわね。」


三四は優しく笑いかける。


一ノ瀬は思う。

「夏月杏子のような人の心や世界を変える力など私にはない。そして何より三四の幸せを願うと自分の存在が邪魔になる。」と。


生徒会室の重い空気を壊すように、今度は三四から奈々の唇を奪う。この限られた時間を存分に味わうようにふたりは先程よりも長く奥深いキスをした。


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