第十七話 プレゼント
星宮の住むマンションの部屋に到着する。
「えー!こんな広い部屋に1人で住んでんだー!」
「たまにパパも戻ってくるけど。ほぼひとりだね。」
羨ましがる杏子とは裏腹に朝野は星宮を心配する。
「1人で寂しかったりしない?家事とか大変でしょ?」
「家事とかは大変だけど、寂しさはないかな。むしろ1人の方が、気まずい家族がいるより全然楽だよ!それにほたるもいるし!」
「私も最近は毎日すずの家来てるし寂し思いなんてさせないわ!」
月野が胸を張りドヤ顔をする。
星宮が飲み物を準備し買ったケーキを冷蔵庫へ冷やしている間に勉強道具をテーブルに広げる。
ふと杏子は月野が勉強についていけているのか心配になる。
「月野は学校の授業ついていけてる?」
「すずに毎日教えてもらってるから、なんとかね。」
「1年の時は成績どうだったの?」
「ちょうど真ん中位かな?すずより私の方が良かったんだけど、今はそんなすずが先生してくれてる。」
星宮もテーブルに着く。
「ほたるに教えなきゃって思って、今は授業ちゃんと聞いてんだよね。」
これは「愛だな!」なんて思った杏子も自分の勉強具合を話す。
「私は今回のテスト自信ないんだよね。実行委員とか始めて、色々あるし勉強に身が入らないんだよ。」
星宮はそんな皆の状況を理解した上で目標を掲げる。
「じゃあ今回のテストはできるだけ順位を落とさず、現状維持できるのを狙おう!」
「「そうだねー!」」
杏子と月野は元気に答える。
しかし、朝野だけが黙ってしまっている。
そんな朝野に時子が声をかける。
「時子は現状維持じゃ満足できないかー。やっぱり学年1位とか狙う感じ?」
星宮と月野も続ける。
「ごめん朝野さん、私達みたいな馬鹿の勉強に付き合わせて。」
「朝野さんの足は引っ張らないから。本当にわからない所だけ聞くようにするから。」
朝野は重い口を開く。
「み、皆さん勘違いしてるみたいですけど…私、実は勉強がからっきしでして、1年生の頃はずっと下から数えた方早いくらいで…」
場の空気が凍る。少しの沈黙の後、「あはは。」と4人全員が一斉に作り笑いをする。
杏子は完全に勘違いしたマズイと思う。
「時子、気にしないで、なんか雰囲気が勉強できそうだなーって思っただけで…」
十分気にしそうなことを杏子は口走り、星宮も何か言わなきゃと余計な事を口走る。
「下から数えた方が早いなんて、あ、ある意味凄いと思うよ。ね、ほたる?」
「そ、そうだよ。べ、勉強なんてできなくてもなんとかなるって!」
朝野は顔を手で覆う。
「い、言わないでー、恥ずかしいからー。と、友達もいないし、兄弟もいないから勉強のやり方がわからなくて。次のテストで順位が上がらなかったら家庭教師をつけるって父に言われてるのー!」
「家庭教師に教えてもらえるなら、その方がいいかもよ。」
杏子は思った事を朝野へ伝える。
「い、嫌なの。部屋に他人が入るの。」
全員が同じ気持ちになる。「朝野時子を救いたい」と。
「よし、じゃあ今日は時子の勉強会だな!」
「そうだな。人に教えることは自分の勉強にもなるし。」
「私も微力ながら手伝うわ。」
朝野は皆に頭を下げる。
顔を上げた時、メガネ越しの瞳が湿っていた。
「みんな、ありがとう。私頑張ります。」
そして勉強会は時子の成績を上げるためのものになった。
日も長くなり、空もまだ太陽の光を勉強をしている少女達に送っていた。
しかし時計の針は17時近くをまわっていた。
そのことに気がついた星宮は「そろそろお開きにしようか」と提案する。
集まっている子はお嬢様ということもあり、家が厳しいだろうと星宮は気を利かせた。
「くぅー。久々に勉強したー!」
杏子が背筋を伸ばすように手を挙げた。
「皆さん、わからない所教えてくださり、ありがとうございました。」
朝野が皆にお礼を述べた。
普段わからない所を聞く友達がいなく困っていたが、それが今日解消されたのである。
「でも、明日も家で勉強しないとね!朝野さん!」
月野の言葉に「はい。」と返事をする朝野を見て、杏子は「明日も勉強しなきゃかー」と憂鬱になる。
「お邪魔しました。」と玄関まで送ってくれた星宮へ挨拶する杏子と朝野。
しかし、月野は靴を履いていない。
「月野は帰らないの?」
「今日はすずの家に泊まって、勉強するの!」
嬉しいそうな笑顔の月野を見て杏子は思う。
「なんか、色々想像しちゃうわぁー。」
星宮は杏子の顔を見て、顔を赤くする。
「お、お前変なこと考えてんだろ?」
「考えてませーん。」
ハハハッと笑う朝野を確認し「今日の勉強会うまく行って良かった。」と杏子は思う。
「ちょっと待って、みんなの連絡先交換しよう。」
月野の提案に賛成し、皆がスマートホンをだす。
「じゃあ、また月曜日な!」
杏子の声に星宮と月野は手を振る。
杏子は朝野とマンションを出る。
帰り道は陽射しの強さと強い風が鬱陶しいが、時子と歩くこの時間は心地良いものであった。
「時子勉強捗って良かったね!お互いにだけど!」
「本当に助かったわ。でも杏子ちゃんの成績下がったら申し訳ないよ。」
「気にしないでよ。自分の成績より時子の成績の方が重要だからさ。」
「なにそれー。」
駅に近づくにつれ、お互いにもっと遊んでたいと思っていた。
「時子って門限とかある?」
「普段友達と遊ばないから、あるのかないのかわからないの。でも、遅いと心配掛けちゃうし…」
「そうだよね…」
寂しそうな顔をした杏子の表情を時子は見逃さなかった。
駅前はビル風が強く、杏子の被っているた帽子が頭から外れて地面に落ちる。
「杏子ちゃん。平気?」
帽子を拾い杏子に手渡す。
「ありがとー。髪の毛ボサボサだよー」
時子は何かを閃く。
「杏子ちゃん髪留めとか買って行かない?」
「え?…うん!行こう!」
朝野のちょっとした閃きで、ふたりの時間は少しだけ延長した。
駅前に立ち並ぶショップへ時子は杏子の手を引く。ふたりの幸せそうな笑顔は陽が落ちる空へのささやかな抵抗なのかもしれない。
時子は小さな古民家を改装したようなレトロな雑貨屋を発見する。
「杏子ちゃんここなんてどうかしら?」
日に2回もお洒落な雰囲気の店舗に入ることに、女子になったんだと実感する杏子であった。しかも、お店の雰囲気に惹かれている自分に、感性も女性的なっていると感じていた。
「めっちゃいいじゃん!入ろう!」
思わずはしゃいでしまっている杏子を時子は微笑ましく眺める。
店舗へ入ると今まで見たことのないような種類の雑貨が取り揃えてある。
輸入品だろうか一点一点の在庫はそれほど多くなさそうだ。ふたりは目を輝かせる。
「杏子ちゃんこれなんかどうかな。」
時子が杏子にシュシュを見せる。
肌触りの良いシルクの材質に派手すぎない落ち着いた赤色。
杏子は髪を束ねるように掴みシュシュを近づける。
鏡に自分の姿を映す。
「どうかな?」
「似合うよ!杏子ちゃんかわいい!」
「じゃあ、これにしよう!」
値札には1,500円と表記されていた。1ヶ月のお小遣いが2,000円の杏子には高級品だが、時子が選んでくれた物に値段など気にならなかった。
「杏子ちゃん私にこれプレゼントさせて!」
「え?悪いよ。自分で買うよ!」
「プレゼントしたいの。ダメかな?…友達になってくれたお礼。それに今日誘ってくれたお礼。」
時子の気持ちは嬉しかった。しかし、杏子は自分だって時子に感謝したい、お礼がしたい。
自分だけ感謝されるのはおかしいと思った。
「ありがとう時子。じゃあ私も時子に何かプレゼントしていい?私だって時子に感謝してるんだ。」
「うれしい。ありがとう。」
時子の優しさに触れ、時子を、友達を大事にしたいと思った。
杏子は時子に合う物を探す。シュシュをプレゼントされたのだから杏子も髪を留める物にしようと考えていた。
「俺センスないからな。」と思いながらもプレゼントを考えるのは楽しいものであった。
ふと、向日葵のモチーフをした前髪を止めるクリップが目に入る。
思わず手に取ったそれを時子に付けて貰いたいと思えた。
「時子!これなんかどう?」
時子は少し驚いたように反応する。
「かわいい!凄く素敵。実は私ね、向日葵好きなの。」
「そうだったんだ。偶然だけど時子の好きな物選べて良かった。なんで向日葵が好きなの?」
時子は恥ずかしそうに答える。
「なんかね。空に向かって一生懸命咲いてて、太陽の光を一心に浴びてる姿に惹かれるの。」
「確かにそうだね。向日葵って生命力を感じるというか、なんか元気をもらえそうな花だよね。」
時子は杏子に理解してもらえたことを嬉しく思い、ささやかな時間はあっという間に過ぎ会計を済ませてお店を出た。
やや空は光を失い始め、人々の足を家路に向かわせた。
「時子、今日は本当にありがとう。」
帽子を取り、後ろに束ねた髪をシュシュが留めていた。
そして、時子の前髪にも向日葵のヘアクリップが留まっていた。
「こちらこそありがとう。じょあ月曜日学校で。それと、テストも頑張ろうね!」
「うん。じゃあ、またね!」
ふたりはそれぞれ別の改札に入るため別れる。
幸せな1日は終わり、明日の勉強、休み明けのテストと憂鬱な現実に引き戻される。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます