第十六話 PM13:00
土曜日の朝、この日は約束をした勉強会の日であった。杏子は桜子以外の女友達と遊ぶのがはじめてのため、少しナーバスになっていた。
女子同士で遊ぶ時のイメージがつかず、何か嫌われるようなことにならないか心配であった。
しかし、友人と遊ぶことが楽しみだった事も事実で、昨晩は中々寝付けずにいた。
鞄に勉強道具を入れて部屋着を脱ぎ、次の問題に直面する。
「服装はどうしようか…」
服装問題であった。女子同士で遊ぶのにお洒落するのは気合い入りすぎの気もするし、だからと言って適当な格好で行って皆がお洒落だったら、色々と思考が巡る。
考えた末に杏子は桜子へ相談する事にした。
電話をかけ、数コールで出た桜子は杏子の用も聞かずに喋り始めた。
「服装の事で悩んでるんでしょ!」
「なんでもお見通しか!」
驚愕した杏子であったが、話が早くて助かったと素直に相談する。
「どんな服装で行ったらいいんだ?」
「なんでもいいんじゃない!何着ても可愛いんだから!」
一番困る答えだ。しかし杏子は面倒見の良い妻だから何かしら答えをくれると信じる。
「なら、今から杏子の部屋行ってもいい?」
「え?今から?マジで来てくれるの?助かるよー!」
しかし、杏子は桜子を部屋に招くことを後悔することとなる。
インターホンが鳴り、急いで部屋着を着て玄関に向かう。桜子と母が仲良さげに話しているが、桜子の手を掴み急いで部屋へと引っ張る。
桜子は焦っている杏子に問う。
「待ち合わせは午後の1時でしょ?今はまだ9時半よ!」
「早めに家を出て待ち合わせ場所にも早く着いておきたいんだ!だから早く選んでくれ!」
わがままばかり言う夫であるが、可愛い姿に何でも許してしまう気持ちになる。
「なんでそんなに急ぐの?」
「は、初めての友達たちだし、嫌われる行動はできるだけしたくない。」
顔を横に向けて照れている。
「じゃあクローゼット見せて!」
ウォーキングクローゼットの中には母親の趣味であろうか可愛い服が大量に吊るされている。
流石に桜子も圧倒され、若干引いてしまう。
「す、すごい趣味ね。」
ファッションをよくわかっていない杏子ですら、それらの服が同じような系統の物だとわかる。
その中から杏子は比較的に着やすそうな物を選定していた。
「これが俺が選んだやつだ。」
その中にはこの間妻とファミレスデートした時の物も含まれていた。
桜子はその中からプリーツスカートと白いシャツとカーディガンを選んだ。
「無難なのは、これね。ちょっと着てみて。」
杏子は着替えてみせた。杏子としてはかなりしっくりきたのでこれで良いと思ったが、桜子の表情は納得したものではなかった。
「やっぱりこれがいいんじゃない?」
ショートパンツに丈の長いポロシャツ、キャップを渡した。
杏子は着替えてみると感動する。
「おー!これいいな!今までの雰囲気からだいぶ変わって新鮮だ!」
杏子は姿見から目線を桜子へと移す。
桜子は手に何かを持っている。
「この状態でこれを履いてみて。」
「なんだよこれ。」
手に持った布は2枚あった。広げてみるとソックスであった。しかし、何かおかしい。よく見ると長い。ニーソである。これは男が履くにはキツイ。たとえ今少女であったとしてもこれだけは履けない。
「いやー。これだけは勘弁してもらえないか?」
桜子は笑顔で、しかし威圧感のある笑顔で言う。
「履きなさい。」
背筋を何かが走り、何か野生的な恐怖を感じ、渋々履く事にした。
男としての何かが終わりを迎えた杏子は、姿見に映る自分の姿を恐る恐る確認する。
杏子は思わず「かわいい。」と呟いてしまう。
心の声が漏れた杏子を見た桜子は「次はこれを着てみせて!」とノリノリである。
あらためて自分のルックスの良さを自覚した杏子も止まらない。桜子の言われるままに服を着ては脱ぎ着ては脱ぎを繰り返し、仕舞いには撮影会にまで発展していた。
ひと通り満足した杏子と桜子は時計に目をやると、12時を回っている。
杏子は顔が青く染まる。
「やばいー!遅れる!ど、どうしよう!何着ればいいんだー!」
泣きそうな杏子に桜子は落ちつくようにとなだめて。
床に転がった布を杏子に手渡し、杏子はその布を広げる。
ニーソであった。
「あの格好ってことね。」
ニーソを履いて外出することに抵抗のある杏子だが、遅刻するわけにはいかないため勇気を出すこととした。
家から駅まで走り、電車の乗り継ぎも上手くいったことにより待ち合わせ場所の駅には時間より少し早めに着くことができた。
時間に間に合った杏子であったが、悩みはまだ一つ残っていた。
「ご飯とかおやつは俺が奢らなくちゃだよな。俺が誘ったわけだし、それに実質俺が1番の年長者だし、中学生から金は取れないよな。」
母親からはお菓子でも買っていきなさいと3千円ほど渡されたが、杏子はお嬢様連中が何を食べるかわからないしと貯金箱を開け全財産を持ってきていた。
その合計3万円。記憶の戻る前の杏子は、お小遣いをほぼ使っていなかったので溜まり続けていたのだ。
そんな事を考えていると星宮と月野が一緒にこちらへと向かってくる。杏子は手を振り、挨拶をする。
「夏月さんはやいね!」
「遅れると思って急いだら早く着いちゃったんだよぉ。ふたりは一緒に来たんだね。」
すると星宮が答える。
「午前中も一緒にいたから。遊んでた。」
「ラブラブかよー!」
なんて話をしていた一行は、改札から出てきた朝野を発見する。キョロキョロと周りを探している朝野がかわいらしく、もう少し観察していたいなんて思ったが、流石に可哀想だと思い声をかける。
「ときこー!こっちだよー!」
杏子の通る声に朝野は反応し、安心した表情になり輪に加わる。
「はじめまして!朝野時子です!今日はよろしくお願いします。
星宮と月野も挨拶をして、一行はお昼ご飯を食べてから星宮の家へ向かうことにした。
「ご飯どうするよ?夏月どこ行きたい?」
杏子は予算的な問題もあるため、うーんと考え込み答えが出ない。
星宮は杏子がすぐに答えを出せないと察して、朝野へも確認をとる。
「朝野さん食べたいものとかある?」
「カフェとかでいいんじゃない?」
月野が即座に反応する。
「カフェでいいならあそこにしない?」
星宮の眼をみてアイコンタクトを送る。
「よくふたりで行ってるカフェにしない?ランチもあるし。」
満場一致で決まり、カフェに移動した。
休日の昼間であったが13時を過ぎていた事もあり、テーブル席が空いていた。
杏子と朝野に向かい合うように星宮と月野が座る。
杏子は今まで入ったことのない、西洋風のクラシックな雰囲気のおしゃれな内装に少し居心地の悪さを感じる。
「ふたりはいつもこんなオシャレなお店に来るの?」
「たまにだよ。」
「そうね。しょっちゅうじゃないわ。」
さすがお嬢様と思った杏子であったが、隣に座る少女もこのようなお店ははじめてなのだろう。目を輝かせながらキョロキョロと内装や小物を興味深く見ている。
「朝野さん。こういうの好きなんだ!」
杏子が問うと。眼鏡のレンズ越しにもわかる輝いた目を向ける。
「え?わかる?そうなのよ!映画の世界みたいだわ!」
朝野が好きな物の系統が掴めた気がした杏子はオーダーを決めて店員を呼ぶ。
注文した1000円程のパスタが届く。
かつてはパスタだろうと箸でズルズルと食べていたが、杏子となった今それはまずいかなと考え、慣れないフォークとスプーンを使い行儀良く食す。
しかし、食べているのは自分だけであることに気づく。「みんな食べないのかな?届いてるよね。もしかしてフォークの使い方おかしくてみられてるのかな。」なんて思い頑張ってパスタを巻きつけたフォークを置き顔を上げる。
カシャッ
3人はスマホで料理を撮影していた。
杏子はやってしまったと後悔する。
「やべぇ。今時の女の子は外食時に食事の写真を撮る儀式をするんだった!」
予習してきたはずだったが普段使わないフォークとスプーンに気を取られ抜けてしまう。
今からでもと食べかけのパスタをスマホで撮影する。
「夏月さん、なんで食べかけ撮ってるの?」
月野が杏子のおかしな被写体に気づく。
「食べかけなのバレてるー」と焦る杏子は咄嗟に言ってしまう。
「え?食べかけの方が映えるって…桜子が。」
杏子は心の中で桜子に謝る。
「別に夏月が私たち合わせる必要なんてないって!そういうことしなさそうだしな!」
星宮には全てお見通しだった。
自然と皆が笑い、その笑い声から皆が打ち解けていっていることが杏子には容易にわかった。
食事を終えてだらだらと雑談し、ぼちぼち星宮の家へと向かうこととする。
杏子は伝票を手に取り会計へと向かう。
「1人1000円程度で良かったー。」と安心しながら会計しようとしていると。
星宮が杏子の肩を叩く。
「先行くなよな。いくらー?」
財布片手に杏子へ確認し、月野と朝野も財布を手に持っていた。
「え?わ、悪いって私が払うよ!」
「て、なんでだよ!会計分けてもらっていいですかー!」
星宮が店員にお願いする。
無事会計が済み。お店の前に溜まる一行はお菓子を買って星宮の家に向かう事とした。
「お、お菓子は私が買うから。」
「どうしてお前は払いたがるんだよ。」
「だ、だって私が誘ったし。」
「そんな事いちいち気にすんなよ。」
時子はそんな杏子と星宮の会話を笑いながら聞く。
「杏子ちゃん。私たちも誘ってもらって嬉しかったから、むしろ私たちが杏子ちゃんに何かしてあげたいって思うよ。」
朝野の言葉に月野も頷く。
「ほ、ほんとにー!嬉しい!誘ってよかったー。」
杏子のモヤモヤした表情に笑顔が戻った。
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