第十三話 テストに向けて
杏子と桜子はこの日、少し早めに登校した。
今日掲示板に決定した体育祭競技が貼り出されるからだ。
桜子は結果を知っていたが、悪戯心で杏子に教えなかった。そのため気になって仕方がない杏子は、朝一番に登校し結果を見に来たのであった。
杏子は掲示板に貼られた競技のリストを確認し絶叫する。
「よっしゃー!!!」
棒倒しと騎馬戦は決定し、ついでにパン食い競争もリストに載っている。
桜子はそんな杏子に伝える。
「会長が頑張ってくださったのよ。引っ込み思案なのにどうしてかしらね。」
杏子は「へぇー。」と頷くが、桜子は何も知らないこの少女に、意味ありげな笑みを向ける。
なぜなら会長の杏子に対する気持ちを理解していたからだ。
教室に向かいながら雑談をしていると、桜子は思い出したように話題を変えた。
「そういえば体育祭の前に中間テストね。」
杏子はギクっと顔を引き攣らせた。
「あー!マジかー!そうだったよー。」
項垂れる杏子に桜子は提案する。
「星宮さんと月野さんと朝野さんで勉強会したら!」
「確かに!それはいいな!月野さん授業に置いていかれてるから皆んなで助けるか!仲間のピンチを助けてこそダチだもんな!」
楽しげな杏子を見て桜子は幸せを感じ、無意識で笑顔になっていた。
「お前は来ないのか?」
「前にも話したように私が行くと皆んな萎縮しちゃうかもしれないし、とりあえず今は杏子グループの親睦を深めてから、私を紹介してくれた方がいいかも。」
杏子は自分の考えなしな所を反省した。
「そうだよな!お前みたいなスクールカーストのトップが突然入ってきたら、気まずいもんな!今は月野さんのサポートに徹するよ!それに時子がいれば勉強会はうまく行くだろうし…」
最後の発言に桜子は苦笑いしたが、杏子が気づくことはなかった。
勉強会のことで、授業の間の中休みに星宮に声をかける。
「おい!星宮!調子どうよ?」
「何だよいきなり!調子って、いいけど。」
「ごめーん。お前のことじゃなくて。月野さんの事だよ。」
はめられたって顔をした星宮であったが、杏子には月野のことをちゃんと話す。
「やっぱり陰口は言われるみたいだけど、昔ほどは酷くないみたいだし、何よりほたるは気にしないって決めたみたいだから大丈夫って。強がってないか心配だけどね。」
「まあ無理してるようだったら、いつでも相談乗るって言っておいてよ。あと提案なんだけどさ!今度の土曜日にテストに向けて勉強会やらない?月野さんも勉強遅れてると思うしさ。」
断りそうな星宮であったが、意外にも食いついた。
「夏月!それは助かるよ!私もほたるもやばいからさー。お前たしか頭良かったよな!」
杏子は確かに成績が良いが、それは記憶が戻る前の杏子が勉強をしていたからだ。
記憶が戻った杏子はまったく勉強をしておらず、新しい知識は増えていない。
「どうやら私、今回はヤバいかもしれないんだよね。実行委員とかあったし…」
杏子は誤魔化し、さらに提案をする。
「友達の朝野さんも誘っていい?お前らとも仲良くしてもらいたいし、勉強だって眼鏡しているからできると思うぞ。」
星宮は喜びながら答える。
「ほたるにも私とお前以外にも仲良くなって貰いたいから嬉しいよ。それに朝野さんは話した事ないけど初等部の頃から読書してたし、きっと賢いよ!」
杏子は時子にスマホで連絡するとすぐに返事が届いた。
「時子もオッケーだって。勉強会、助かりますだって!やっぱ人に教えると自分の勉強にもなるって言うし、時子も実践したいだろうな!」
星宮も月野に連絡し、無事勉強会の開催が決定した。
問題の開催場所だが意外にも早く決まった。
「夏月。場所なら私の家がいいと思う。」
杏子は星宮の家の事情を知っていたため本当に平気なのか心配した。
「大丈夫だよ。私一人暮らしだから。母はほたるとの一件で私を父親に押し付けたから、今は父に育てられてる。父も申し訳ないって思ってるのか、合わせる顔がないみたいで私に中学生には過ぎる生活費とマンションを渡して別で住んでる。」
さらっと星宮は言ってみせたが、今の星宮は両親のことなんかより、きっと月野が大事なんだろう。それほどに、家庭の事情を全く気にしていないようだった。
土曜日のスケジュールも決まったところで授業開始の鐘がなり、それぞれ席へと戻った。
杏子と体育祭の競技を確認するため、早めに学校に着いた桜子であったが、杏子と立ち話をダラダラとしていたためか教室に入るのは普段通りであった。
3年1組の丁度中心に位置する席が夜々川桜子の席であった。
席の周りには普段クラスで仲良くしている女子が桜子が登校してくるのを待っていた。
桜子は正直なところ彼女達についてよく知らない。それは、彼女達が桜子に対して対等に接しようとせず、桜子に気に入られたい一心で近づき決して本心を表に出さないからである。
それが桜子にもわかるのだ。決して精神年齢が30歳を超えた成熟した大人だからというわけではない。記憶が戻る前の桜子でさえ気づいていた。
「みんな、おはよう!」
桜子が元気に挨拶をする。
取り巻きは桜子を視認し作り笑いをして愛想良く答える。
「桜子様おはようございます。」
5人ほどの取り巻きはそれぞれが決して被らないように順番に挨拶をする。
彼女達が用意してきたような話題を桜子に振り、それに対して桜子はどう答えて欲しいのかを少し考え、彼女達が望む答えをする。
決して楽しくない会話であったが、桜子は苦ではなかった。退屈ではあるが、平穏に学生生活を送れて杏子共楽しくやれるからだ。
そんな、退屈な会話の最中に生意気な声で桜子を呼ぶ声がする。
「夜々川桜子!!」
右手人差し指をビシッと桜子の眼前に置き、左腕を腰にやった彼女は可愛らしい顔にツインテールでいかにもプライドが高そうな少女であった。
東雲空(しののめ そら)。それが彼女の名前であった。
桜子が東雲の顔に目を向けたことに気づき話を続けた。
「次の中間テストも勝負よ!一年生の時は全敗だっけど2年生は私が全勝だから!」
宣戦布告された桜子も応じる。
「東雲さんには1勝も取らせないわよ。そもそも、あなたは学年10位以内にも入れてないじゃない。まずはそこからね!」
学年1位の夜々川桜子は教室に入ってから一番楽しそうにしている。
それを見た取り巻きは東雲にヤジを飛ばす。
「あなた桜子様が1年時からずーっとトップってご存知なのかしら?」
「桜子様と競うなんておこがましいと思わないの?」
桜子は手を取り巻きの前に出し、ヤジをやめさせる。
東雲は痛い所をつかれたが言い返す。
「今にみてなさいよね!アンタみたいな勉強も運動もできる完璧人間は気に入らないのよ!…それにちょっとキレイで、む、胸もあるのも気に入らないわ!」
少し恥ずかしくなりながらも桜子に啖呵を切る。
桜子は最初彼女は自分に単純に嫉妬しているのだと思ったが、どうやらその考察は見当違いであったとわかっている。
東雲空は根っからの努力家だ。初等部の頃から何かにつけて競ってきた彼女が運動会のリレーで私に負けた後、人目のつかない所で悔し涙を流し、運動系の習い事を複数始めたことも人伝に聞いた。
この学院では珍しいタイプであった。
誰よりも不器用で、なかなか結果が出なくても決して諦めず、何度も私の前に立ち対等に戦いを挑もうとする高潔さに桜子は一目置いている。だからこそ、彼女の倒すべきライバルでありラスボスのような宿敵を演じている。
「うわーまた絡んでるよ…」
クラスの男子の声が聞こえる。
「夜々川さんに勝てるはずないのに。」
「てか、あいつ俺より成績悪いぜ。」
東雲にも届く程の声であったが気にした様子は見せなかった。
「空ちゃんやめようよ…」
「しの、朝からうるさいぞ。」
熱くなってる東雲をふたりの女子が落ち着かせる。
東雲の唯一の友達で親友のふたりだ。
そのふたりと東雲を含んだ3人組グループは統一感がなく歪な感じがあるが、おそらくこのクラスで一番仲の良いグループだろう。東雲空という人間は家柄やしがらみ等は全く気にしない。
ただ気が合う3人で一緒にいるだけという極めて一般的な友人関係であるが、華ノ宮学院2年1組では打算や計算で人間関係を作る者も多い。そのため、クラスでは浮いたグループとなっている。
東雲は言いたい事を言い終え、桜子から離れたが、教室内は東雲に対しての蔑んだ雰囲気が漂った。
「やっと終わったよ、マジであいつなんなんだよ。」
「朝からうるさすぎて耳いてぇよ。」
学年でも上位5人に入る程のルックスを東雲は持っているが、意外にも男子から人気はない。
気が強く、クセのある性格はむしろ男子から嫌われており、教室のその雰囲気はどちらかというと男子が作っていた。
教室に教師が入ってくると同時に散り散りになった生徒達は自らの席に戻った。
ホームルーム中、東雲空は肩肘をついた右手にアゴを置き外を眺めていた。表情はどこか強がっているようにも見えた。
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