第十二話 月と星。

扉を隔てて立つ星宮にほたるの弱々しい声が届く。

星宮に向けられたその言葉は懐かしくも切ない響きであった。


「うん。一緒に来てたんだ。」


すずの返事に対してほたるからの返事はなかった。しかし、すずは自分の本当の気持ちを勇気を出して伝えることとした。


「ほたる、ごめんなさい。ずっと迎えに来れなくて…でも会えなくて気づいたんだ。私には蛍が必要だって。だからずっと一緒にいてほしい。ほたるが望むなら学院も辞めて、ほたるの通う中学にも通うし、学校に行きたくないなら、毎日ほたるの家通うから。なんでも望むようにするから、もう一度部屋から出て会ってほしい。」


少しの沈黙の後、部屋の中から咽び泣く声が聞こえる。

廊下に立つふたりは彼女が落ち着くのを待った。

騒がしかった廊下にも静寂が訪れた時、部屋の中からほたるの声が聞こえた。


「すず。私も本当にごめんなさい。本当はすずに会いたくて、すずの温もりが恋しかった。でも、勇気がなくて…自分勝手だよね。すずが迎えに来てくれる事をずっと期待してた。」


星宮は「ほたる…」と小さく名前を呼ぶ。

自分の名前を呼ぶ声を聞いた月野ほたるは、勇気を振りぼって言葉を発した。


「私、頑張る。学院に戻る。転校はしないわ。だって学院が好きなんだもん。小さな頃から憧れてた華ノ宮が。すずとの思い出がいっぱいある学院が。だから…」


少しの間の後に扉が開く。

目を赤く腫らして、人前に出るには恥ずかしすぎる位にぐちゃぐちゃになった顔で星宮の胸に飛び込んだ。

星宮の温みを久しぶりに感じたほたるは崩れるように泣き出した。

星宮は泣き崩れるほたるを優しく寝かせ、膝の上に頭を乗せ優しく頭を撫でた。

杏子はふたりから離れ、ほたるの部屋へ向かう途中にあった階段に腰掛ける。

ふたりはどんな会話をしたのだろうか。一緒にいられなかった時間を埋めるように、ふたりだけの世界は再び動き出したのである。

自分でもわからないが涙が溢れていた。まるでふたりを祝福するように。


ふたりの時間はひとまずは終わったのだろう。杏子の元へ近づく足音が聞こえた。

星宮は照れくさそうに感謝を伝える。


「夏月、ありがとう。勇気を出せたのはお前のおかげだ。もう大丈夫だから。」


そして、月野ほたるも続ける。


「酷いこと言ってごめんなさい。心配してくれてありがとう。私頑張ります。」


先ほどの弱々しい声や顔つきとは違って、どこか頼もしいようにも見えた。


「いいってことよ!それに安心しろ!私も夜々川桜子が好きだ。あいつも私の事が好きだ!」


杏子はふたりを安心させるため本当の事を伝えた。


「それでも何も気にしない。キスを他人に見られようが、他人に馬鹿にされようが決して変わらない!自分の気持ちに嘘はつかない!堂々と生きていればいいんだよ!」


すずとほたるは杏子のカミングアウトに対して、知ってたという表情だ。


かくして、不登校の少女を登校させるというミッションを完了した杏子は、空に星と月が輝く夜空の下、公園のベンチにひとり腰を置いた。

スマートフォンの連絡先から夜々川桜子と書かれた画面をタッチし、耳にあてた。


「もしもし、桜子。今時間あるか?会いたいんだけど。」


ふたりの温かな愛に当てられた杏子は桜子の温もりが欲しくなったのだ。



公園に着いた桜子は杏子を見つけた。



杏子は桜子を見つけるやいなや勢いよく抱きついた。

桜子は何かを察し、丁度いい位置にある杏子の頭を優しく、小動物を愛でるように優しく撫でた。

ふたりの時間に言葉なんて野暮なものは必要なかった。




鳥のさえずりが聞こえる爽やかな朝。星宮すずは月野ほたるの家の前に立っていた。


昨日は強引な夏月杏子という女がいたおかげでインターホンが押されたわけだが、今回は星宮自身でこのボタンを押さなければならなかった。

不安に押しつぶされそうになったが、こうして家の前まで来ることができたのだからと勇気を振り絞りインターホンを押した。


その瞬間、一切の刹那もなく扉が開き聞き覚えのある、かつてのほたるの声が響いた。


「おはよう!すず!迎えに来てくれてありがとう!」


星宮はその声に涙が落ちそうになったが、グッと堪える。


「おはよ。お前扉の前で待ってたろ?」


「あはは!」と笑うほたるはきっともう大丈夫なのだろう。どんな困難もふたりでなら乗り越えられる。そして、星宮もまた自分の素直な気持ちで生きようと改めて誓った。


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