第十一話 過去と現在。
かつての星宮すずは活発な女の子であった。
しかし、初等部の卒業式を終え、中等部の入学式を控えた春休みに父親の不倫が発覚し、父と母は離婚した。
母親に引き取られた彼女は心の病んだ母の面倒を見ながら、中等部の春を送っていた。
周りの生徒も教師もすずの家で起きたことを知っており、学友はそんなすずから距離を置いていた。
家では自暴自棄となり酒浸りな母、そして学校ではかつての友人からも距離を置かれ、完全に孤独となった。
そんな日々を過ごしているうちに、彼女は無口で暗い少女へと変わっていった。
そんな彼女の前に現れたのが中学受験で編入した月野ほたるであった。
初等部からエスカレーターの華ノ宮学院では、中等部である程度友人グループが出来上がっており、月野ほたるは入学して友人を作る事に苦戦していた。
そんなある日、彼女達は出逢った。最初こそ避けていた星宮すずであったが、気づいたら一緒にいるようになっていた。夏、秋、冬と過ぎゆく季節を共に過ごし、その天真爛漫な元気で明るい少女に星宮すずは惹かれていた。
そして、月野ほたるもまた同じように星宮すずに惹かれあっていた。
そして、そんなふたりはお互いをただの友人として認識できなくなった。最初は手を繋ぐ程度であったが、次は抱き合ったりとスキンシップは増えていった。そして、ふたりは友人同士の関係からは逸脱したキスをするようになり、自然とそれも軽いものから、お互いの愛を確かめるようなものへと変わっていたのだ。
そして、事件が起きた。ふたりが昼休みや放課後に落ち合っていた体育館裏にある林の中で、いつものようにキスをしている姿を見られたのである。
それは中学生にしては刺激的なもので、そのセンセーショナルな話題は学年中に広まった。
そして、教師の耳に入るのもあっという間であった。
学校に両親を呼ばれ、注意を受ける程度であったが、多感な時期の中学生にとってそれはふたりを攻撃する材料としては十分であった。陰口を聞こえるように言われるようになり、言わない生徒からも明らかに白い目でみられるようになった。そして、桜の花が見ごろを迎える前に月野ほたるは学校に姿を見せなくなった。
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「ねぇ!夏月杏子教えてよ!?私はどうすればよかったの?ほたるを好きという気持ちに素直になったせいでほたるを失った!」
杏子の肩を両手で揺さぶりながら杏子に問う。
杏子は星宮の言葉を黙って聞いた。
「それにママは私に言ったわ。あなたはおかしいって!異常だって!それに女好きなのは父親譲りだって!私が愛したものは全て壊れてしまうの!それなのにあなたは私に素直になれって言うの?」
杏子は自分の肩を強く握る星宮の手を振り払った。その目はかつて不良と言われていた時の他者を威圧するような眼光であった。
「それだけか?」
星宮は可愛らしい見た目の杏子の表情が変わったことにすくんだが、言い返す。
「そ、それだけって!どういうことだよ!何も知らないくせに!」
「星宮、アンタは一度たりとも自分の気持ちに素直であったことなんてないじゃん。アンタは母の目や周りの目から逃げただけ!逃げて学校でひとり不貞腐れてるだけじゃない!」
「本当に好きだったら迎えに行けばいいし、学校に行きたくないならふたりで学校辞めればいい。アンタにとって一番大事なのは月野ほたるでしょ?ならそれだけで充分じゃない!それ以外の事なんて取るに足らないことでしょ?」
杏子は綺麗事だとわかっていたが、あえて口にした。
「簡単に言うなよ!」
「ごめんなさい、綺麗事ね。でも私が協力するから。月野ほたるをもう一度あなたの前に立たせるから。そしたら、自分の素直な気持ちに正直になって!きっと、また楽しく生きられるから!」
星宮は黙って頷いた。
ふたりしかいない教室には涙を拭い、鼻を啜る音が響いた。
落ち着いた星宮に杏子は尋ねる。
「とにかく思い立ったらすぐ行動ね!明日やろうは馬鹿野郎だ!今から月野ほたるの家に行く!家まで案内を頼むぞ!」
星宮は杏子の言葉に動揺したが、進むべき道は決まったのだろう。共に月野ほたるの家に向かうこととした。
月野ほたるの家の前に立つふたり。
星宮はインターホンを押す事に躊躇していたが、杏子が容赦なく押す。
ピンポーンと呼び鈴の音が外へも漏れ聞こえる。扉が開くまでの時間に星宮は何度も逃げ出したいと思ったが、それでは何も変わらないとなんとか留まった。
「どちらさまですか?」と扉を開けた月野ほたるの母は星宮の姿が目に入り少し俯く。
「星宮さんお久しぶりね。それと、あなたは?」
「私は1年生の時に同じクラスだった夏月杏子です。今日は学校に来られていない月野さんに授業のノートのコピーを渡しに来たんですけど…正直、友達だったので、様子が心配で。」
月野の母は家の中へ入るように促した。
リビングに案内され、お菓子とお茶が用意されたテーブルにふたりは座る。
そして、母親が星宮と杏子へ謝罪した。
「ごめんなさいね。仲良くしてもらったのに学校行かなくなって。それに星宮さんあなたにだけ辛い思いさせたでしょ。ほたるだけ逃げるように引き篭っちゃって。」
母親から現在の月野ほたるの様子を聞くに、日中はほとんど部屋に篭りっぱなしらしい。
それに私立中学ということもあり、2ヶ月近く休んでいる現状では退学となる可能性もあると学校側から連絡があったとのこと。
そして、母親もどうしたら月野ほたるが部屋から出てきてくれるのかわからないという。
杏子はとりあえず月野ほたるの部屋の前に案内してもらう。母親はふたりを案内するとリビングへと戻っていった。
杏子は部屋の前に腕を組んで仁王立ちした。
「俺は熱血ドラマの教師か?」なんて思ったが、早速声をかけてみる事にした。
「月野ほたるさん。私、夏月杏子です。覚えてる?1年の時同じクラスだったんだけど。」
反応はなかった。
「寝てるのー?起きてるー?」
少し声の大きさをあげてみると、意外にも反応があった。
「夏月杏子。あーそんな子いたわね。そんなキャラだったけ。まぁなんでもいいけど。それで何か用?」
「なんで学校来ないの?」
「…行きたくないから」
「なんでいきたくないの?」
「…」
「ねぇーなんでー?」
「うるさいわね!行きたくないからほっといてよ!」
「じゃあ!どうして学校やめないんだよ!中途半端に在籍だけしてると金掛かって親に申し訳ないと思わないの?」
「あ、あんたには関係ない話よ!」
「私さ!星宮すずと友達になったんだよね!ほたるさんどう思う?」
「は?どうでもいいことよそんなこと。私はあの子のせいで酷いこといっぱい言われたんだから。」
「だから逃げたんだ。好きだった星宮を置いて。酷いね!ずっと星宮はアンタが学校出てくるの待ってたのに!アンタなんかより酷いこといっぱい言われてるのに我慢して!」
扉の向こうから返事がなくなった。
杏子は蛍の部屋のドアを叩きながら続けた。
「月野ほたる!アンタだって本当は学校行って星宮に会いたいんでしょ?だから学校を辞めないでずーっと部屋で悩んでるんだ!でも行く勇気がないから!ずっと待ってるんでしょ!王子様が迎えにくるのを!」
星宮は思わず杏子を抑える。
「夏月、流石に声でかいよ!」
すると黙っていた部屋から声が聞こえる。
「すずなの?そこにいるの?」
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