第九話 生徒会長
週が明けて、杏子の実行委員としての仕事が始まる。
放課後、体育祭実行委員である杏子、タケ、コウちゃんで会議室へと向かった。
星宮も一緒に行こうと誘おうと思ったが、既に向かったのか、教室にはいなかった。
何やら男子連中がソワソワしており、自意識過剰な杏子は自分の存在が原因だと考え、少しちょっかいを出してみることにした。
「ねぇータケくーん、今日の会議って何するんだろうね?」
杏子はタケのパーソナルスペースを超えて顔を近づけ、覗き込むように上目遣いをした。
タケが動揺した姿は、ウブな中学生男子らしく微笑ましいものであったが刺激が強すぎたようだ。
プルプルと震えだし、歩くのをやめてしまった。
麻痺状態のタケを心配したコウちゃんは、背中を叩き目を覚ませた。
「タケくんアーユーオーケー?こんなんでは、会議に出席される会長のお姿の前では体が持ちませぬよ!」
杏子はコウちゃんの特殊な語彙にまだ慣れていなかったが、会長が男子生徒の憧れであるという事を今のセリフで察した。
「ねぇ。会長ってどんな人?」
意識を戻したタケが答える。
「夏月嬢!し、し、知らないのですか?か、会長は我が学院の女王ですぞ!」
顔はうっすら覚えているが、他人に全く興味のなかったかつての杏子の記憶には名前すらなかった。
「いやー…顔はうっすら出てるんだけど…」
タケが得意げに語り出した。
「会長のお名前は女女崎三四(めめさき さよ)。女女崎財閥のご令嬢であります!成績優秀でピアノのコンクールでは国内中学部門の賞を総なめにし、弓道の大会でも全国優勝を中等部1年の頃からしております。それに、何よりもあのお姿は美しすぎて、形容する言葉もござらん位であります!」
コウちゃんもつられて語り出す。
「そう見た目といえば、あのグラマラスなボディーはとんでもなくけしからんものでありまして!他の女子生徒が貧相な物に感じるのです。」
コウちゃんがちんちくりんな杏子を横目でチラッと見た事にイラッとした。
「今私を見たのは、何か理由があるのかな?」
沸々と杏子の体から火が吹いているように見えたコウちゃんは、目にも止まらぬ速さで土下座した。
「悪気があったのではございません。ただ、会長と比べたら、発育が少々スロウリィに感じまして…」
杏子は土下座しているコウちゃんの頭を踏み、グリグリと地面に押し付ける。
その光景を見たタケは小さく「う、羨ましい限りである。」と呟いた。
タケの小さな呟きが耳に入り我に戻った杏子は恥ずかしくなり、コウちゃんの頭から足をどけ頭についた埃を優しく撫でながら払った。
コウちゃんの顔が完全に恋に落ちている事に気づくこともなく、何よりやりすぎた事に申し訳ない気持ちでいっぱいであった。
コウちゃんに謝罪をして、タケの新たな一面を見てしまったことで、自分が女である事を再認識した。
かつてのように男子同士で戯れ合って、馬鹿騒ぎはできないのだろうと少し寂しい気持ちになり、会議室へ急いだ。
会議室にはすでに各学年各クラスの体育祭実行委員が集まっていたが、案の定やる気のない雰囲気で充満していた。
杏子は「みんな押し付けられた感じかな。」
なんて思いながら周りを見渡した。
トラックジャージを着て机に突っ伏しているボブヘアーを発見し、3人は横へ座る。
杏子は2年3組の席の目印になっている少女の肩を優しく叩いた。
「先に行っちゃうなんて酷いじゃん。」
星宮の反応は体を起こすだけで、決して返事をしてくれなかった。
部屋全体から「めんどくさいよねー」や「早く終わらないかしら」などの声で溢れていたが、何かを待つような声も聞こえた。「三四様いつ来られるのかしら?」「会長の為にも頑張るか。」などの声に杏子は会長がどんな人なのか、早く見て見たいという気持ちが強まった。
ガラガラと扉を開ける音と共に、先ほどまでの喧騒が嘘のように静まった。
続々と生徒会役員が教室に入り、黒板の前に用意された席に着いた。妻の桜子は杏子を見つけ小さく微笑んだのに対して杏子は手を振って返した。
最後にふたり組が入る。ひとりはショートカットで整った中性的な見た目で、男から見てもかっこいいと思える容姿であった。そして、もうひとりは縦ロールの髪型、中学生とは思えないほど品のある容姿に、胸や尻など出る所はしっかりと出ている。男性からも女性からも憧れられる容姿を兼ね備えた存在に杏子は直ぐに女女崎三四会長であると理解した。
そして、ショートカットの中性的な彼女がマイクを持ち話し始める。
「司会を務めさせてもらう副会長の一ノ瀬奈々だ。早速だが会議を始めさせてもらう。」
会議が始まり、最初に自己紹介が行われた。
名前と学年を言う程度の簡単なものであったが、最後の生徒会長の自己紹介に杏子は衝撃を受けた。
マイクを渡された会長はおそらく何かを喋っている。しかし、全くもって聞こえないのである。
杏子は周りを見渡すが、自分と同じように困惑している人はいなかった。杏子は自分の鼓膜が破れたのかと思い隣に座るタケに声を掛ける。
「タケくん。会長の声聞こえる?」
タケはちょっと驚いた顔をしたが私語が周りに聞こえないよう、照れながら顔を近づけて答える。
「夏月嬢。あれは会長の天使の声でござるよ。心の汚れているものには聞こえないとされております。」
杏子はそんな馬鹿なという表情をする。
「タケくん。まずいよ…私聞こえないよ。」
「ちゃんと心で聞くでござるよ。」
意味がわからんと思ったが、目を瞑り会長の声を必死に拾うように聞いた。
どうやら会長は自己紹介を他より長く話しているようだ。
とても優しい透き通るような声。
「聞こえる。」杏子は周りより時間がかかったが、会長のありがたい声をなんとか受信できた喜びで、思わず立ち上がって大きめな声でタケに報告してしまう。
「やった!タケくん聞こえたよ!心汚れてないよ!」
「やべっ」と思った時にはすでに周りの人間の視線を集めていた。
副会長が「突然どうした?」と顔を向ける。
杏子は思わず「い、いやー。すみません。隣の男子の服が汚れてないって教えてあげたんですよ。はははー」
静かにしろよと副会長に注意を受けるだけで済んで安心した杏子であったが、恥をかいたと赤面する顔を隠すように伏せた。
桜子は笑いを手で隠しながら、恥ずかしくなっている杏子を遠くから優しく見守った。
華ノ宮学院中等部生徒会会長の女女崎三四はその品のある美しい容姿に、成績優秀で弓道の腕も全国大会優勝という文武両道の一面も兼ね備えている。それだけに留まらずピアノでもコンクールで賞を取るほどで、さらには家柄までも日本屈指である。
しかし、畏怖の念すら感じてしまう完璧超人の彼女には大きな欠点がある。
それはコミュ障という点であった。
彼女は幼い頃からあまりに何でも直ぐにできてしまった。苦労を感じる事なく完璧にこなしてしまうため、周りの人間が愚痴で共感しあったり、協力して乗り越えたりなどの経験をしたことがなかった。
そのため、周りから尊敬される事はあっても対等に接してくれる人間がほぼいなかったのである。
副会長の一ノ瀬奈々は幼馴染で幼少の頃から共に育ったため唯一の彼女の友人であり、理解者であった。
そんな三四は安堵していた。
「…よかった。1週間も今日のために自己紹介考えて来て。ちゃんとみんな聞いてくれてる。」
安心して小さく息を吐いた。
「それにしても、あの天真爛漫な子かわいいわ。」
杏子の方を見つめる三四はまるで小動物を愛でる時の眼差しであった。
「あぁ。もし妹にあんな子がいたらって考えたら。お姉ちゃん何でも言うこと聞いちゃうわぁ。」
三四は妄想しながら涎が垂れそうになったため、啜りながら妄想をやめた。
会議が進み、準備の説明や当日のスケジュール、役割分担が進む。会議は生徒会の進行通り円滑に進み、物言う存在もなく早く終わってくれという雰囲気となっている。
しかし、競技を決めるトピックになった際に事件は起きた。
「それでは競技なんだが例年通りでよければ、賛成の挙手をしてくれ。」
副会長が多数決を取る。
しかし、杏子は配られた資料の競技一覧を見てあるものがない事に気づき、声を上げる。
「副会長ちょっと待ってください!なんで、棒倒しと騎馬戦がないんですか?これが無ければ盛り上がらないですよー!」
副会長は答える。
「昔はあったらしいのだが、危険ではないかと保護者の声もあってなくなったんだ。それに、当時も打撲やうちみなどで怪我をする者も多く、他の競技に支障をきたしたりしていたんだ。」
杏子は反論する。
「ならトリにすれば他の競技には影響ありません。それに体育祭の怪我は勲章でしょう!絶対楽しいからやりましょう!」
杏子が本気になるのにも理由があった。
かつて不良だった頃の学生時代。学校をサボりがちな不良連中も体育祭などの行事には積極的に参加し、本気で取り組んでいた。その時にだけ生まれるクラスの一体感のような物は、大人になった今では感じることのできない思い出となっているからだ。その最もたる競技が棒倒しと騎馬戦であった。
しかし、ボソボソと他の実行委員から不満の声があがる。
「棒倒しと騎馬戦って、あの野蛮な競技ですか?そんなものやりたくありません。」
「怪我したらどうすんだよ?」
「あいつなんなの?空気読めよな。」
なとなど声が聞こえるが杏子は気にしない。
すると、生徒会長が副会長に小さく手招きするように呼ぶ。
副会長は気づいて耳を会長の口に近づける。
ごにょごにょと耳打ちする会長に視線が集まる。
聞き終えた副会長が会長の意見を要約した。
「会長はそれらの競技を入れる事に賛成とのことだ。では時間もないので、そろそろ多数決をとる。では賛成のものはいるか。」
杏子は駄目かと思ったが全ての実行委員が手を挙げる。
「会長が賛成なら賛成です!」
「会長は我が校の羅針盤ですわ!」
一斉に手のひらを返す実行委員共に呆れた杏子ではあったが、ここは男子にサービスしてやるかと、もうひとつ提案した。
「副会長!それとパン食い競争もどうでしょうか?」
騒がしかった会議室も静まり返り、またしてもコソコソ話がはじまる。
「パン食い競争とかやってらんなくね?」
「あれ何が面白いの?」
杏子は続ける。
「男子共聞け!想像してみろ!女子が両手を縛って吊らされたパンを必死に咥えようとするんだぞ!」
男子は一斉に想像した。揺れて跳ねる何かを。
少しの沈黙の後、男子が一斉に「賛成!」と手を挙げる。
しかし、女子は「反対!」と手を挙げ両者は拮抗していた。
みかねた副会長は生徒会内でも多数決をとる。
「生徒会はどうだ。実行委員が丁度男女で別れてしまっているから生徒会内でも多数決取ろうと思うが。」
生徒会役員も男女同数で男子賛成と女子反対と割れた。桜子もパン食い競争には反対らしい。
「会長どうするよ?」
反対側の副会長は会長も反対してくれると思い振ってみる。
会議室全体が会長の言葉を心待ちににするように身構えて待つ。
そして、会長は先程の自己紹介の時より小さいが僅かに聞き取りやすい声で「…賛成です。」
会議室の男子は一斉に盛り上がる。
「うおー!!!」
杏子は体育祭でこの盛り上がりが見たいんだと思いながら、隣に座るタケを見る。
「コウちゃん殿!これは大変な事になりましたよ!母上に頼んでハイスペックなカメラを買って来てもらわなければ!」
興奮気味のタケにコウちゃんも興奮を隠しきれていない。
「オフコース!当日の場所取りは大変そうですねぇ!」
副会長が「静まれと!」一喝し場は落ち着きを取り戻す。
「では、一度今回の会議の結果を先生方に報告する。結果は掲示板にて報告とする。それでは本日は解散!」
副会長は思う。
「夏月杏子。あれが桜子の親友か?興味深いな。」
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