第八話 ファミレスデート

少女に生まれ変わってはじめての休日の朝。

平日と同じ時間に自然と目が覚めた。少女になってから夜更かしをしていないのは、毎日学校へ行き、正しい時間に食事を摂り、お風呂に入っているからだろう。夜も23時を越えると自然と眠くなりベッドに向かう。

かつて不良だった頃の中学時代には考えられないことであった。

朝食を済ませて、騒がしい家族との団欒を過ごした。過去の青春時代に望んだ理想的な家族の時間は杏子の日常へとなっていた。


午後からは妻の夜々川桜子とのデートであった。「行ってきます。」という言葉に「行ってらしゃい!」と言葉が返ってくる。

玄関を出ると桜子がいつものように待っていた。いつもと違うのは彼女が制服姿でなく、私服姿なことだ。

中学生に見えないスタイルはセンスのある私服姿と相まってモデルのようであった。


「ういー!」


このモデルのような女性にいつも通り話しかけることに躊躇したのか、照れ隠しの挨拶である事は桜子にはお見通しであった。


「ういーって何よ?私の姿を見てドキッとした?」


図星であった。


「はいはい。かわいい、かわいい」


流すように答える杏子の姿を舐め回すように見る。


「待って。すごいかわいいんだけど?その服自分で選んだのー?元男とは思えないほどよ!勝負したわね。」


杏子は顔を真っ赤に染めた。


「ちげーよ。一番取りやすい位置にあった服を取ったんだよ!」


「じゃあその髪型は?」


三つ編み姿の杏子に間髪入れずに質問する。


「え?これは朝早く起きて暇だったから。ちょっと髪の毛で遊んだら、こうなった。」


三つ編みをまじまじと観察して本当器用だなと感心し、少女としての順応も器用にこなしていることに夫のバイタリティの高さを感じた。


ふたりはじゃれ合いながら、目的地のファミレスへと向かった。



「つーかなんで休日にわざわざファミレスにいくのさ?学校帰りに行けよな。」


「食べたいパフェがあるの!」


杏子は「いい歳して何言ってんだ」と思ったが、俺たち中学生だと思い直し言葉を腹の中に押し込めた。


「それに帰りだと寄り道でしょ?一応生徒会役員の私が校則違反はできないし。」


杏子ははぁーと溜息をついた。


「俺はパフェなんか食べねーからな。いつもの学校の取り巻きといけよな。」


「折角デート誘ったのに酷いこと言うね!学校での私のイメージがあるのよ。」


その発言に桜子も桜子で苦労があるのだと感じ、その話題から話を変えた。


「俺さ、体育祭実行委員になったんだよね。」


桜子は驚くと思ったが、反応を見る限り知っていたようだ。


「ええ、そうみたいね。生徒会にも実行委員の名簿が来たから、最初見た時は驚いたわ。」


「なんだ知ってたのか?あまり驚いてなかったみたいだけど?」


普段の桜子なら情報を得た瞬間、連絡をよこしてきてもおかしくないはずなのに、今俺が伝えてるまで話題にも上がっていなかった。


「あなたの性格なら、あのクラスで立候補するのは目に見えてたわよ。」


なんでもお見通しだったかと納得する。


桜子は体育祭についての話をはじめる。


「あの学校の体育祭って、なんか盛り上がりに欠けるのよね。やる気がない感じだから。だけど今年はあなたが実行委員だから少しは期待していい?」


私立華ノ宮学院の体育祭が盛り上がらない理由は、もちろんあった。生徒の大半が文化部か帰宅部で運動系の部活の活気がないのも理由だが、一番の問題は保護者である。名門校ということもあり、保護者の多くは会社の社長をはじめ、官僚や文化人やスポーツ選手などなど、日本という国に存在する業界のトップのご子息が通っている。自分の後継ぎと考えている親も少なくない。となると猫かわいがりしている子供が体育祭で怪我や何かあったらと考える保護者もいる。

そのため、生徒も自然とやる気を失くしてしまうのだ。まるで、親から頑張るなと言われているように。


「なに期待してんだ?…でも、そうだな俺はやるからには優勝させるよ!うちのクラス!」


桜子はその期待を裏切らない言葉に心が躍った。


「じゃあ私も!クラスが頑張るように働きかけるわ。実行委員じゃないけどね。」


杏子が無邪気に笑いながら宣戦布告する。


「じゃあ勝負だな!」



目的のファミレスに着いたふたり。

桜子はメニューを見ずともオーダーは決まっていた。しかし、杏子はメニューをペラペラとめくり頼みたい商品がないことに気づく。


「さすがに俺だけ頼まないのはまずいよな?」


桜子は杏子の困り顔を見て店員を呼ぶ。


店員に頼まなくていいのか聞いてくれるのかと思ったが、杏子の思い違いであった。


「このスペシャルパフェをふたつお願いします。」


店員は「かしこまりました。」と頭を下げキッチンへと向かっていった。


「どう言うつもりだよ?俺パフェなんかいらねーぞ。お前がふたつ食べるのか?」


「あなたが食べるに決まってるでしょ。」


杏子は「は?」と言う顔をしたが、桜子は容赦なく笑う。


「女の子になって味覚変わってるかもよ。」


杏子は決して甘い物が嫌いなわけではない。

しかし、大人になるにつれ甘い物を体があまり受け付けなくなっていた。

そのため、生まれ変わった後も甘い物を口にはしていなかった。


先程の店員が「お待ちしました。」とテーブルへパフェふたつを置いた。

杏子はうげぇと顔をしかめた。

桜子は「いただきます。」と言い、パフェが来るや否やスプーン一杯に乗せた生クリームを口へと運ぶ。


「美味しー!あなたも早く食べてみてごらん。」


急かされた杏子も残すことに抵抗があったため何十年ぶりのパフェを堪能することとした。


「なんだこれ?」


杏子は衝撃を受けた。全身の細胞が目が醒めるような感覚。顔がとろけるような表情へと変わる。


「ちょっと!パフェうますぎるんだけど?こんなに美味しかったっけ?」


桜子は微笑みながら杏子の食べる様子を眺めていた。


お互いパフェを食べ終わった事を確認し、杏子は「じゃあ帰るか。」と伝票を手に持つ。

しかし、桜子は杏子の手を咄嗟に握って制止した。


「どうした?」


杏子が不思議そうな顔で桜子を見る。


「口のまわりにクリームがいっぱい付いてるわよ。」


桜子は杏子の口のまわりの至る所に付いたクリームを優しく指先でなぞりながら取ると、その指を自らの口へと運ぶ。


恥ずかしくなった杏子は「自分でできるから!」と紙ナプキンで顔を拭った。


桜子はその様子を見ながら優しく呟く。


「かわいい。」



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