十四作品目「シガレッツ・アルコール」

連坂唯音

シガレッツ・アルコール

 低音のドラム音がライブハウスに響く。ド、ド、ド、ドと、リズムにあわせて恵里は思わず体を揺らす。観客は先ほどの曲で「でき上がって」いる。

 恵理はギターの弦をはじき、うねるようなサウンドを会場に響かせる。

 凛はステージの真ん中にあるスタンドマイクに立ち、タンバリンを腰で叩く。

ベースとリズムギターが参入し、再び会場に熱気が湧く。

 凛が右手に持ったボトルウイスキーを飲み干し、

「Ready when you're !!??」といつもの掛け声を叫ぶ。観客は「YEAH」と咆哮する。

 凛はマイクに口をつけ、口を開いた。


 観客の拍手を背に、バンドは退場する。恵理はギターをステージにおいて、酔狂した凛を楽屋まで肩を担いで運んだ。

「今日はサイコーのギグやった」凛が言った。ギグとは演奏の呼び名だ。

 凛はドカッと楽屋のソファに座る。『ホワイトライン』と書かれた白い粉が入った袋に火をつけ、袋の穴から出る煙を吸い始めた。

 恵理は横にいるマネージャーに、

「今日、ハウスに何人ぐらい人が入った?」と汗を拭きながら聞く。

「入場率は百四十パーセント超えの九十人です」

「過去最高レベルやん」

 恵理はバンドメンバーと抱擁を交わし、凛にも抱き着く。

 凜は煙を深く吸い込んで恵理の口にキスをした。凜は恵理の口に煙を吹き込み、恵理はそれを吸った。

「凛、あんた声めちゃよかった。パフォーマンスも完璧やったし」

「てめーも、ギターばっちし、いけてたで」


 一時間ほど楽屋にばか笑いが続いたころ、恵理が立ち上がった。

「他のやつらも帰ったことだし、うちらも帰ろ」

 楽屋には恵理と凜と裏方スタッフがいたが、他のバンドメンバーは帰っていた。

「明日もギグある。凛、あんたいつも遅刻してお客さん待たしとるんやから、今日こそ早よ帰るで」

 凜は酒瓶を手に取り、ソファから立ち上がる。顔から笑顔が消えた。

「あん? あたしに指し図すんなや。だれのおかげでバンドできとると思っとる?」

 凜が足をふらつかせながら顔を恵理の顔に近づける。恵理が頭を掻く。

「わかった、わかった。凛、とりあえず楽屋でよ」恵理がいつものように凜をなだめる。

「だから命令すんな! おめえ、ちびのくせにいちびってんじゃねえぞ。ちびが!」

 凜がそう言った瞬間、楽屋に静寂が訪れた。スタッフの顔が青ざめる。恵理が下を向く。

 次の瞬間、凜の持っていた酒瓶が恵理によって叩き落とされた。

「ちびはかんけーねえだろ!」

「てめーはちびの芋顔やろうだ! あたしは空前絶後のイカした美少女いうてんねん!」

「二十三歳は少女じゃねえよ! このオバンがよ! 誰が曲書いてるかあんた分かっていうてんのか? あたしやぞ!」恵理が凜の胸ぐらと掴み、凜は恵理の髪を掴む。

「あんたもあたしと同い年やないけ! ボーカルいてこそのバンドやぞ!」

「逆やボケ。ソングライターいてこそのバンドや! 殺すぞ!」

 屈強な筋肉をつけたスタッフが二人を楽屋の外へ、なだめながら連れ出した。

 部屋の外へでても彼女たちの声は聞こえる。あきれたスタッフたちは、

「またですね、あの二人」

「うらやましい限りじゃないの。でもああいう同性カップルもいるものなのね」

「凛さんと恵理さんって、もうすぐイギリスで籍を入れるんですよね。今日の喧嘩、度合いやばくなかったですか? ひょっとして破局とか」

「まあ、いつものことだし。いつものように凛が泣いてあやまるんじゃない」



 朝。凛と恵理が同棲するアパートにて。

「昨日はごめん! ごめん! ごめん! ごめん! ごめん!」凜が布団を剥がして寝起きの恵理に抱き着いた。

「あたしなんであんなこといったかわかんないけど、えりりんにひどいこといったよね」

 恵理が目をこする。

「あー。なんて言ったかまでは覚えてないん? 忘れたとは言わせへん」

「おぼえてるよ。二度とあんなこと言わない! だからチューして!」

 恵理が凜の顔を鷲づかみにして、ベッドに倒す。 

「おい、あと一時間で出発するから、はよ」

 恵理は髪をかき上げて、台所へ向かう。凜は恵理に後ろから抱きつき、

「えりりん愛しとる! だからあたしのこと許してー!」と泣きつく。

 恵理は「はいはい」と凜をかわしながら、棚からパンを取り出す。

「凛、もうあんた煙草も酒も禁止やで。あんたがもう一度暴れたら、わたしがどうなるかわからん。禁止するなら許す」

 凜が、「えっ」と目を見開いたが、

「わかった! あたしやめるよ! えりりんのために!」と恵理に顔を近づける。

 恵理は「最後に質問」といって凜の口に人差し指をあてる。

「すこしはやいけど、愛を誓う?」ときいた。凛は

「誓います!わたし………ん………」恵理の柔らかい唇の感触が凜の唇に伝わった。


「おはようございまーす!」

 凜と恵理が手をつないで楽屋に入室した。スタッフも挨拶を返す。

 スタッフのだれかが小声で言った。

「ほら、やっぱりね!」

「いい婦妻になれそうですね!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

十四作品目「シガレッツ・アルコール」 連坂唯音 @renzaka2023yuine

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る