盗まれた魔力を取り戻したら、王子様に見初められました

uribou

第1話

「あれっ? おかしいな……」

「見落としではありませんかな?」

「そうかも」


 ボクの名は第四王子エックハルト。

 元宮廷魔道士長ゲルルフと世間話をしていたのだ。

 ボクは持ちギフトの関係でゲルルフと親しいから。

 

 ゲルルフは今年から王立アカデミーの学長となる。

 やはり生徒のことは気になるようだ。

 ボクと同じ今年からシニアに進学する者で、注目すべき者がいるかと聞かれたので、一人の女生徒の名を挙げたのだが?


「やっぱりないな」

「おかしいですな?」


 シニアからは魔法を習う。

 だからアカデミーの学長は魔法に精通した者が多い。

 ゲルルフは魔法の才能がある者には興味があるだろうから、図抜けて大きな魔力を持つ彼女のことを知らせておこうかと思ったのだ。


 しかしどういうわけか、入学者名簿の中に名前がない。

 貴族で一定以上の魔力を持つ者のシニア進学は義務なのにな?


「事務手続きのミスかもしれません」

「あ、そうだね」

「新学期が始まる前に気付いたのは幸運でしたな。注意喚起しておきましょう」

「うん、よろしく」


 ゲルルフに任せておけば安心だ。


「その女生徒の名は何というのでしたかな?」

「コール子爵家の長女エリーゼ嬢だよ」

「エリーゼ・コール嬢ですな。殿下はその令嬢のことが気になっておられるので?」

「えっ? う、うん」


 ゲルルフの突然の側面攻撃だ。

 こういう茶目っ気があるんだよなあ。


「や、やっぱり大きい魔力の子だから目を引くんだよね」

「殿下にとってはそうでしょうな。しかし子爵家の令嬢では少々身分が足りませんか……」


 それってボクの婚約者にってこと?

 そこまで考えてたわけじゃないんだけど。

 でもそうなれば嬉しいな。

 心中の読みにくい笑みを見せるゲルルフ。


「早速問い合わせておきますぞ」


          ◇


「エリーゼ嬢に魔力がない?」


 二日後再びゲルルフ学長と話す機会があった。

 しかしその口から紡ぎ出された言葉に呆然とした。

 そんなバカな。


「コール子爵家からの回答はそうなっていますな。だからシニアアカデミーには進学できないと」

「あり得ない!」

「しかし最新の鑑定書がありますので」


 そうだ、魔力をある程度以上持つことがシニアアカデミー入学の条件だから。

 魔力は成長とともに伸びるので、ジュニアアカデミー卒業直後に拝日教会にて魔力鑑定を受け、鑑定書を得るのが一般的だ。

 エリーゼ嬢は鑑定を受けたばかりということか。


「エリーゼ・コール嬢が魔力持ちであることは確かなのですな? 例えば身に着けている魔道具の影響を見誤ったとかではなく?」

「確かだ」


 ギフトとは稀に発現することがある能力や感覚のことだ。

 ボクは見ただけで、他人の魔力量をおおよそ推し量ることができるギフト持ち。

 だからゲルルフと話が合い、また魔法も直々に教わっているのだ。

 そのボクが人の持ち魔力と魔道具の魔力を見間違えたりするものか。


「ふむ、わしも殿下が間違うことなどないと思います」

「だろう? だったら……」

「考えられることはいくつかありますが……」


 拝日教会の鑑定の魔道具の不具合とか、人物の取り違えとか。

 何らかの事情で魔力をないことに偽装したいということかもしれない。


「殿下は今お時間おありですか?」

「ある」

「この件、わしも引っかかることがありましてな。コール子爵家にアポを取ってあります。殿下も御一緒していただけませんかな?」

「よいのか?」


 にこりと笑うゲルルフ新学長。


「殿下に現在のエリーゼ嬢の魔力を見てもらいたいのです」

「うむ、わかった」


 大雑把に魔力のあるなしを測るなら、ボクが見るのが一番確実だからな。

 鑑定の魔道具の故障もあり得るならなおさらだ。


「では、まいりましょうか」


          ◇


「ゲルルフ殿とエックハルト殿下においでいただけるとは、望外の喜びです」


 コール子爵家邸に行ったら、大歓迎で迎えられた。

 エリーゼ嬢の顔を見たのも一ヶ月ぶりくらいか。

 相変わらず可愛いなあ。


「残念ながら娘は魔力が足りないようでしてな」

「ええ、殿下とともにシニアに通えないのはとても残念です」


 エリーゼ嬢の表情が曇る。

 君がそんな顔をするとボクも胸が苦しくなる。


「先日エックハルト殿下と話をしていたところ、エリーゼ嬢の話が出ましてな。大変に大きな魔力の持ち主だということで紹介を受けまして」

「エリーゼがですか? いや、しかし……」

「ここだけの話にしておいてもらいたいが、実は殿下はその人を見ただけでおおよその魔力量を知ることのできるギフトの持ち主なのです」

「「えっ?」」

「殿下、いかがです?」


 言われるまでもなく既に見ている。

 しかし……。


「……魔力が失われているようだ」

「……そうでしたか」


 ガッカリする子爵とエリーゼ嬢。

 ジュニアアカデミーの卒業式の日までその強大な魔力を確認できたのに。

 突然魔力量が激減するなんてことがあるとは思ってもみなかった。

 これではシニアに入学できなくても仕方ない。


「殿下、エリーゼ嬢の魔力におかしいところはございませんか?」

「えっ?」


 おかしいところ?

 ゲルルフは何を言ってるんだろう?

 おかしいところと言っても……。


「……そう言われると、魔力の揺らぎが全くない気がする」


 普通魔力は呼吸をしただけでも出力に強弱が出るものだ。

 完全に安定しているなんてことはないんだけど。


「ふむ、他には。魔力は身体のどこに分布しています?」

「分布? あっ、手足の末端の魔力が強い!」

「明らかに異常ですな」


 そうだ、魔力は身体の中枢部分で作られるとゲルルフに教わった。

 だから頭部や胴体で魔力が強いのが当たり前なのだ。

 それなのにエリーゼ嬢の魔力は四肢の末端で強くなっている。

 これは何を意味しているんだろう?


「エリーゼ嬢に少々込み入ったことをお伺いします」

「はい、何なりと」

「拝日教会での鑑定の儀でのことです。いつ行かれましたか?」

「ジュニアアカデミーの卒業式のあった日です。翌日になると混雑するかなと思いまして」


 うん、ジュニアの卒業生はボクみたいな例外を除いて、全員拝日教会を訪れるだろうから。

 早めに行くのは賢いと思う。


「エリーゼ嬢とどなたがまいりましたか?」

「当家の使用人と行きました」

「では使用人の方は控え室におり、鑑定の儀ではエリーゼ嬢と教会の聖職者だけだったのですな?」

「はい」

「鑑定の魔道具は覚えておられますか?」

「丸いオーブですよね?」

「ええ。触れた時どうなりましたか?」

「強く輝きました」


 魔力がなければオーブを光らせることはできない。

 やはりエリーゼ嬢には魔力があったんじゃないか。

 どうして今は失われてしまったんだ?


「聖職者は何と言いましたか?」

「残念ながら光が強過ぎる。シニアアカデミーに入学するだけの魔力がないと」

「えっ?」


 何それ?

 魔力が強ければ強く光るのは当たり前じゃないか。

 騙されてる!


「その時はガッカリしてしまって」

「そうでしょうな。その後何をされたか覚えておりますかな?」

「ええと、鑑定書を発行しますと言われました。別室で、そうです、首の後ろ辺りを何かちくっとされまして、鑑定書をいただきました」

「サインをさせられませんでしたか?」

「はい、鑑定書の受け取りだと」


 胡散臭い話だ。

 首がちくっとしたのはおそらく血を採取されている。

 それに本来鑑定書の受け取りに必要ないサインもさせられているとなると、何らかの魔道的な契約ではないか?

 ゲルルフと視線が合い、そして大きく頷いた。


「王立アカデミー学長ゲルルフの名をもって、エリーゼ嬢のシニア入学を認めましょう」

「ええっ?」

「ありがとうございます! でもどうしてでしょうか?」

「この件、拝日教会の不正が関わっております」


 息を呑む子爵とエリーゼ嬢。

 ゲルルフも断言するところを見ると、何らかの証拠を掴んでいるものと思われる。


「エリーゼ嬢の魔力は盗まれております」

「ぬす……えっ?」

「今後このようなことを二度と起こさぬよう、厳正な処罰を下さねばなりません。犯人どもに逃げられては困ります。どうか内密に願います」

「「は、はい」」


 拝日教会め、絶対に許さん!

 しかしボクでは何もできないのだ。

 悔しいなあ。


「殿下、お手柄ですぞ」

「そ、そうかな?」

「はい。殿下の指摘がなければ、悪党どもが野放しのままでしたからな」


 そう言ってもらえると心が熱くなる。

 ただボクが何もできない事実は変わらない。

 もっと学ばねば。


「よかったですな」

「ああ。エリーゼ嬢も入学準備を怠らないようにね」

「はい!」


 またエリーゼ嬢とアカデミーに通うことができる。

 嬉しいなあ。


          ◇

 

 拝日教会のスキャンダルが明らかになった。

 魔力を無断で搾取し他人に融通する、そして教会が仲介の利益を得るというものだ。

 一種の奴隷契約であるとして大問題になった。


 今までは教会の信徒である平民の魔力を貴族の子弟に送っていたため、実態が判明していなかったのだ。

 エリーゼ嬢を対象にしたのは、その莫大な魔力の魅力に抗し切れなかったためらしい。

 下級貴族でしかも親が同行していなかったため、バレることはあるまいと思われたようだ。

 拝日教会は取り潰しとなり、新たに王立拝日教会が設立された。

 責任者首謀者並びに実行犯は鉱山送りとなった。


 エリーゼ嬢の魔力は、今年シニア入学のとある侯爵家の令息に流れていた。

 かの令息は鑑定の儀で魔力不足が発覚した際、それを解決する手段として魔力を買う案を拝日教会に提案されたそうだ。

 その令息は気持ちのいいやつで、奴隷契約じみた手法が使われていたとは知らなかった。

 スキャンダルに巻き込まれた形になったが、それは公にはされていない。

 侯爵領を一部自主返上という形で落ち着き、またその令息はシニアアカデミー入学は認められなかったものの、ボクの側近としての教育が始まっている。


「エックハルト殿下、おはようございます」

「ああ、エリーゼ嬢。おはよう」


 シニアアカデミーも今日から始まる。

 モジモジするエリーゼ嬢。

 可愛いなあ。


「あの、私でよろしいのでしょうか?」

「もちろんだよ」


 エリーゼ嬢に婚約の申し込みをした。

 身分に差があると言ってもボクは所詮第四王子だしな。

 エリーゼ嬢ほどの魔力の持ち主は貴重だというゲルルフの進言もあり、父陛下の許可も出た。

 ゲルルフありがとう。


「条件は妥当だと思うけど」


 コール子爵家は三人姉妹で男子がいないので、ボクが婿入りする格好になる。

 加増と昇爵がセットでお得です。


「もちろんですもちろんです!」

「よかった」

「どうして私なんかに、と疑問だったのです」

「君が好きなんだ」


 目を丸くするエリーゼ嬢。

 最初に驚いたのはその大きな魔力のせいだった。

 それからジュニア時代はずっと目で追っていた。

 すぐに親切で控えめな淑女らしい性格だとわかって、気付いたら好きになっていたんだ。


「結論は急がないからね」

「あ、ありがとうございます」


 赤くなるエリーゼ嬢可愛い。


「あの、今の私には足りないものが多いので、教養とか作法とかを学んでお返事させていただくということでいいでしょうか?」

「うん、ありがとう」


 王族であるボクに恥をかかせないという配慮だろう。

 真面目だなあ。

 そんなことを考えられるということ自体が好ましい。


「早く『エリーゼ』って呼びたいな」

「で、殿下……」


 テレテレだ。

 俯いていたエリーゼ嬢が顔を上げる。


「私、頑張ります!」

「うん、行こうか」

「はい」


 頑張らなくてはいけないのはボクもだ。

 今のボクは魔力感知のギフトを持っているだけの小僧に過ぎない。

 少しでも国に、社会に必要とされる人間になりたい。

 エリーゼ嬢の大きな魔力を生かしてあげられる者になりたい。


 一瞬エリーゼ嬢と視線が合った。

 微笑みが優しい。

 輝く道が目の前にあるのだ。

 ともに進もう。

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