鹿蕎麦
「腹減った」
「そやな」
コトリさんが向かったのが道の駅の前の蕎麦屋さん。なんとも言えない外観で、中も庶民的と言うか、なんと言うか、
「ライダーが入るにはピッタリやろ」
「気楽が一番」
さて何を頼むかだけど、店の前にはデカデカと十割蕎麦と出てるから、
「悩むとこやな」
「二八の方が無難だよ」
十割蕎麦と二八そばなら十割蕎麦しかないじゃないの。
「そう簡単な話やない」
「十割蕎麦はとにかく難しいのよ」
うどんとかパスタの滑らかさとかコシを作っているのはグルテンだって。
「ぶっちゃけ小麦粉や。そやから蕎麦のコシも小麦粉で作るんや」
「でもね、蕎麦粉にはグルテンが含まれていないの」
それなら、
「ヘタクソが作った十割蕎麦はポロポロ崩れるし」
「ボソボソなのよね」
そもそも麺を繋ぎ合わせてるのがグルテンなんだって。でも表にあれだけアピールしているから、
「十割蕎麦でも美味いのはある」
「滅多にないけどね」
珍しく悩んでるな。
「これもチャレンジや。鹿蕎麦、十割で大盛。焼鯖寿司も一本つけてくれるか」
「わたしも鹿蕎麦。十割で大盛。鯖寿司も一本下さい」
あの大食いには付き合えないからユリも亜美さんもざるの十割蕎麦セットにした。
「鹿カレーも食べる」
「鹿尽くしもおもろいな」
鹿蕎麦って鴨南蛮みたいなもんだろうと思っていたのだけど、なんと焼いた鹿肉が麺つゆに入っているざる蕎麦みたいなもの。
「こういうジビエは」
「ありそうでないのよね」
肝心の蕎麦は、美味しいと思う。
「当たりやな」
「今日は良いことあるんじゃない」
蕎麦セットには鯖寿司もついてるけど、これもなかなか。
「それにしても朽木産の鯖寿司ってありか」
「鯖は朽木で獲れるわけないけど、朽木で作ってるからありじゃない」
美味しければ文句はない。
「鹿カレーもいけるな」
「でも鹿って言われないとわかんないよ」
「そんなん言い出したら鹿蕎麦の鹿肉もやろが」
「あっちはわかるよ」
もう三回目のマスツーだから、こいつらのアホみたいな食欲はさすがに見慣れて来たけど、亜美さんは引いてるな。気持ちはわかるよ。今だってすさまじいけど、夜なんか一升瓶抱えて茶碗酒だものね。
ウソかホントかわからないけど、いくら食べても、いくら飲んでもスタイルにも健康にも影響しないとか。スタイルが変わらないのは知ってるけど、体は本当にだいじょうぶなのかな。
「食べて飲んでこその人生やんか」
「食べられなくなったら人生終わりよ」
そりゃ、そうなんだけど、
「だから言ったでしょ。腹八分にしてるって」
「それが美と健康の秘密や」
どこが腹八分だ。フードファイターぐらい食べるじゃない。亜美さんが小声で、
「月夜野社長と如月副社長ですよね」
言いたい気持ちはよくわかる。だからあれだけ暴飲暴食しても食費なんて気にもならないだろうけど、
「それいうたらユリも侯爵やんか」
「それも特命全権大使でしょ」
それを言うな。あれは血の為せる祟りじゃ。今回は亜美さんを守るのに役に立ったけど、あれがあるばっかりに、
「晩餐会とか、舞踏会にいつでも出れる」
出たいもんか。あんたらかって皇室園遊会とか蹴ってるやんか。
「ユリは出たんだよね」
しょうがないでしょうが。特命全権大使宛てに招待状が来るんだから、
「ヒマやもんな」
「高給プータローみたいなものだもの」
言うな。しょうもない肩書のお蔭で就職しようにも会社はどこも門前払いなんだから。でもイイの、ユリは割り切ってる。会社に就職できないなら永久就職してやるんだ。
「どんな式になるか楽しみ」
「コトリらも見に行ったるわ」
「コウの式でもあるからね」
どうか三日三晩になりませんように。
「そやけど二回はあるもんな」
そうだった。
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