寂光院
朽木からはようやく普通の走るツーリングだ。名所旧跡巡りや歴史ムックも楽しいけど、ツーリングはやっぱり走ってこそだよ。そりゃ、寄り道もするし楽しいけど、今回みたいなのはやりすぎだ。
それでも若狭街道って歩いても歩きやすいのじゃないかな。寒風峠は厳しそうだけど、水坂峠はそれほどじゃなさそうだし、保坂まで出たら昔でも平坦な道だった気がするもの。だから鯖街道として栄えたのだろうけど
「ツーリングコースとしても人気があるそうや」
そう言えばすれ違うバイクは多いし、道の駅朽木本陣にもバイクがいっぱい停まってたものね。だけどあんまり聞いたこと無いな。
「信号も少ないし、京都からやったら熊川宿って目的地もあるし」
「中間過ぎぐらいに朽木の道の駅はトイレ休憩に便利そうやし」
「蕎麦とか、鯖寿司も楽しみになんだけど」
お昼の鹿カレーでも奥歯に挟まっているのかな。
「ユリもわかるやろ」
「ずっと山の中じゃない」
良く言えば林間コースだし、安曇川に沿って走ってるからリバーサイドコースでもあるけど、
「すかっと見晴らしが良い絶景スポットがないのよ」
「こんだけ琵琶湖に近いんやから一望できるとことがあっても罰当たらんやろ」
それは言えてる。ツーリングの楽しみは人によって変わるだろうけど、走りながら見れる風景を楽しみたいのはある。いわゆる絶景ってやつ。ツーリンゴコースとして有名なところは、どこも、これでもかの絶景が続くコースとして良いもんね。
そんなコースがそんじょそこらに転がってないけど、せめて絶景スポットは欲しいかな。展望台とかにバイクを停めて休憩しながら風景を楽しむって感じ。ゴールが熊川宿なのは魅力的だけど、バイク乗りは景色の方が好きなところがあると思う。
「京都とか大津ぐらいの人やったら熊川宿までの日帰りツーリングにするのが多いらしいで」
「だけどね、たとえば神戸から遠征してきてまで走りたいかと言われたら考えちゃう」
それはあんたらが下道専科やからだと言いたいけど、ユリだって琵琶湖まで来たら琵琶湖が見えるコースを走りたいものな。あれって不思議な感覚で海とか湖を見えるとそれだけでテンション上がる気がするのよね。
「海こそ生命の揺り篭」
「海こそ生命の母」
だからDNAが叫んでるは無理があるよ。それを言いだせば、生命の起源は隕石の中のアミノ酸って説もあるじゃない。
「宇宙、それは人類に残された最後の開拓地である」
「そこには人類の想像を絶する新しい文明、新しい生命が待ち受けているにちがいない」
なんだそれ、
「これは人類初の試みとして、五年間の調査旅行に飛び立ったU.S.S.エンタープライズ号の驚異にみちた物語である」
ギャフン。こいつらならテレビ版の初映から余裕で見てるはず。あれまた山道になってきたけど、
「ちょっとストップ」
なんだ、なんだ、なんにもないところだけど、
「あそこにチェーンで封鎖してある道あるやろ。あれが花折峠に行く旧道や。今でもバイクで走れるみたいやけど、マナー違反はようあらへんから、このまま花折トンネルで行くわ」
花折峠は標高五百九十一メートルもあって若狭街道の最大の難所だったそうで、現在の花折トンネルでも標高五百メートルもあるそう。今だって結構な登りでタンデムのユリにはちょっとキツイかな。あいつらの怪物バイクのことはどうでも良い。
ここだけど、朽木の標高が百七十メートルぐらいで、そこから川沿いに登ってるから、花折峠の麓ぐらいで標高差が四百六十メートルぐらいになってるそう。勾配はキツイけど、標高差としてそれぐらいみたいなんだ。花折トンネルを抜けるとまた下って、
「最後の難所かな」
「ここはホンマモンの鯖街道を走るで」
それは勝手にしたら良いけど、途中ってこれが地名か。
「由緒ある地名やで」
「平安時代からのものよ」
どうしてそんなことまで知ってるんだよ。物知りにも程があるぞ。国道はトンネルを潜るみたいだけど、
「こっちがホンマの途中越や」
あんまり長くなくて国道に合流してくれて助かったけど、ここからは下りだ。かつての鯖の行商人も、
「信長かってホッとしたと思うで」
なるほど途中越えを下ったところにあるのが大原なのか。大原と言えば三千院、
「そうや恋に疲れた女が一人でたたずむとこや」
「そうね。わたしのような」
「五千年早いわ」
「他人のこと言えないでしょうが」
このまま下って行ったら三千院だ。
「古知平って書いてある方に入るで」
「なるほど、そっち方が古道かもね」
ぐぇ、またセンターラインの無い道だ。それも進めば進むほど狭くなるじゃないの。
「バイクなら楽しめる道や」
バイクだって狭いのが得意じゃないぞ。川沿いの道だけど、
「ちょっと待った、あれやったみたいや。ターンするで」
ターンってこっちは二五〇ccだしタンデムなのよ。
「あら簡単よ」
一人乗りの小型バイクに言われたないわ。もう怖々なんてものじゃないターンをなんとかして、
「まさか石柱の道標だけとはね」
「それも黒なって読みにくいやん」
道は相変わらずだけが、なんとなく街道の雰囲気があるところを抜けて、
「あそこ入るみたいや」
「あんなものこっちから来たら見落とすじゃない」
そこからはもう路地サイズの道になり、
「ここや、ここや」
これは旅館? コトリさんは中に入って、
「この辺に適当に置いといたらエエみたいや」
バイクで最後まで行かないんだ。
「行けんこともあらへんけど、ここも京都や」
「駐禁が気になるのよね」
そこから歩き。風情のある店が建ち並ぶ、いかにも京都って感じだよな。やがて寺の門みたいなところ着き、ここって寂光院なのか。名前だけは聞いたことがあるけど、
「建礼門院の寺や」
それは誰だ、
「清盛の娘、高倉天皇の后、安徳天皇の母や。壇ノ浦で助けられてもうて、ここで余生を過ごしたとこや」
どうして即答で出る。
「平家物語の最後の大原御幸の舞台だよ」
由緒ある寺のはずだけど、建物がなんとなく、
「二十世紀最後の年に放火で焼けてもてんや」
「どうして、そんなことするのかなぁ」
それはユリも思う。
「宿帰ろか」
「お風呂、お風呂、お風呂」
酒とメシだろうが。
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