残響

 目を覚ますと、そこには先ほどと、ほとんど変わらない花畑の景色が続いていた。

「あれ? クロ、どこ?」

 ただ、どこを見回しても、一緒にいたはずのクロの姿だけは見つけられなかった。

「ほら、沢山のお花が咲いているよ」

 クロによく似た声が、頭の中に響いた。思わず振り向くと、そこには見覚えのない女性がいた。水色のTシャツに白いスカートといった、ラフな装いをした彼女の手には、つばの大きな帽子をかぶった黒いワンピースの女の子が繋がれていた。

 シロは二人に近づき、「あの」と声をかけた。しかしその声は、二人には届いていないかのように虚空に溶けていった。


 時を同じくして、一面に広がった花畑の中で、クロはシロの頭を膝にのせてゆっくりと撫でていた。

「急に倒れるからびっくりしちゃったな」

 誰に向けられたでもないささやきが、花の香りと共に風にさらわれていった。き抜けてゆく野風に、クロは心地よさそうに目を閉じた。

「久々に来たけど、やっぱりここは良いね。すごくリラックスできる。あなたもそう思うでしょ?」

 目を閉じてスースーと息を立てるシロに目を落とすと、クロは目を細めた。


 二人に自分が知覚できないことがわかると、シロはぼうっと彼女らを見ていた。

「ママ‼ このお花さん可愛い‼」

 女の子は突然しゃがみ込むと、紫色の花を小さな人差し指で指さした。

 シロはゆらりと二人に近寄ると、女の子が指さす先を、女性と同じように覗き込んだ。

「あら、それはラベンダーって言うんだよ」

「らべんだー? このお花さん好き‼」

 女性は女の子と同じようにしゃがみ込むと、キャッキャと騒ぐ女の子に向けて優しい微笑みを浮かべていた。

「ママはこのお花さん好き?」

「うん、ママもこのお花好きだよ。でも―」女性がその続きを口にしようとした瞬間、薙ぎ払うかのような強風が三人の間を駆け抜けた。

「ママ‼ 帽子がなくなっちゃった‼」

 女の子の言葉に、二人は顔を上げた。

「あ、あんなとこにある」

 女性が飛ばされた帽子を見つけると、女の子は「まてー」とさけぶと、てってっと走り出した。女の子の様子を見ると、女性も「待ってー」と女の子の後を追って走り出した。

 ただ一人、シロはしゃがみこんだ姿勢のまま動けなくなっていた。

「あの子、クロ?」

 帽子がなくなって見えた女の子の顔は、クロを幼くしたような顔立ちだった。

「うわっ」

 シロは唐突に浮遊感に襲われた。辺りは黒一色に包まれ、花畑も女性も女の子も何もなくなっていた。

 シロは見分けもつかない暗闇の中に、ゆっくりと溶けていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る