残り香
「もうそろそろだよ。がんばれー」
クロの声が、薄く紅色になった耳に響いた。シロは、肩で息をしながらも、クロに向かって笑顔を向けた。シロの様子を確認すると、クロは満足そうな表情を浮かべた。
先ほど休憩を挟んでからそれなりの時間が経っていた。太陽も大分高くなり、二人の肌を照り付けている。
「おっ、見えたよー」
クロの声に視線を上げると、色とりどりの花が、一面に咲き乱れていた。壮観な景色に、シロは疲れすらも忘れ、じっと立ちすくんだ。
「なかなかすごいでしょ? もう少し行くともっと綺麗だよ」
シロの手を取り、クロは駆け出した。
「すごく……綺麗だね」
放心したように景色に見入るシロは、喉の奥から絞り出すように声を出した。
「そうでしょう? ここは景色だけじゃなくて匂いなんかも良いんだよ」
クロは楽しそうにケラケラと笑った。クロの言うように、柔らかく包み込まれるような草花の香りが一面に漂っていた。
「ほんとに良い匂いだね。それに、ここには色があるんだね」
山中の一部に広がった平地に、所狭しと色を映し出す花たちから、シロは目が離せなくなっていた。
「そうなんだよ、この場所も色がある珍しい場所なんだよね。なんでだろうね」
シロに軽く目を遣ると、クロはそっと微笑んだ。
「……それに気に入ってくれたみたいで何よりだよ」
「とっても気に入ったよ。連れてきてくれてありがとう」
花々に目を奪われながらもお礼を口にするシロに、クロは「どういたしまして」と返しながら、満面の笑みを浮かべた。そして、パンと大きな音を立てて手を打ち付けると、「さて」と口を開いた。
「もっと近づいてみない? 離れて見るのとは違ったものが見えるかもしれないよ」
クロはシロに向けて、その小さな掌を大きく広げた。
シロは、差し出されたクロの手を取ると、二人は咲き乱れる花々の中に足を踏み入れた。
「ねえシロ、この花なんかは結構綺麗じゃない?」
しゃがみこんだクロが、鮮やかに発色する紫の花を指さして、シロの方を見上げた。
「あ、ごめん少しぼーっとしてた。ほんとだ、とっても綺麗だね。ラベンダーかな?」
クロに共感を示すシロだったが、そんなシロを見て、クロは小首をかしげた。
「あれ? どうして泣いてるの?」
シロが自分の目元をぬぐってみると、少し暖かい涙が手の甲に伝った。
「え? 私なんで泣いてるんだろう? ッ⁉」
クロと同じように不思議そうな表情を浮かべたシロだったが、突然頭を押さえ始めた。
「どうしたの? 大丈夫?」
クロは、しゃがみこんだシロに近寄り、驚いたような声を上げた。
「なんか……急に頭が」
クロの慌てた声を最後に、シロの意識はそこのない暗闇の中に沈んでいった。
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