残滓と来訪

 その後、二人は各々の衣装を身に着け、泉を後にした。

「あーあ、結局なにも見つけられなかったよ」

 シロの残念そうな声が、家の中にこだました。

「まあ、野生だと警戒心が強いだろうし、仕方ないよ」

 クロは、机に突っ伏したシロを横目に、励ましの言葉を添えた。

「そうだね、またあそこに行く機会もあるだろうし、その時にでもまた探してみるか」

 シロは勢いよく体を起こし、両の手で強く拳を作った。その様子を見ていたクロは、その目に少し驚きの様相を浮かべた。

「シロってそんなに生き物の観察好きだったんだね」

 クロの言葉に、シロはどこか寂しそうな、心悲しそうな表情を浮かべた。

「そうなの、何でだろうね。私もわからないんだけど、でも動植物なんかを見てると安らぐ感じがするんだ」

 シロは「なんでだろうね」と、空虚さを感じさせる笑顔を浮かべた。

クロは、そんな顔を見て思わず言葉に詰まった。そして、クロは喉の奥からどうにか言葉をひねり出した。

「シロがちゃんと記憶を取り戻せたら、その辺のこともわかるようになるかもね」

 クロの言葉に「そうかもね」と小さくこぼし、先ほどよりも少しだけ晴れやかな表情でほほ笑んだ。

「困らせちゃってごめん。クロには悪いんだけど、あなたの困ってる表情見てたら『私のこと励まそうとしてくれてるんだ』って少し元気が出てきちゃった」

 明度の上がったシロの表情に、クロはふっと安心した顔を浮かべた。

「良いよ、気にしなくて。私こそ、気の利いた言葉を掛けられなくてごめんね」

「大丈夫だよ。寧ろ、私のことを励ましてくれてありがとう」

 シロは胸の前で、両手をブンブンと振った。


 ニャー


 謝り合う二人の間に、少ししゃがれた鳴き声が響いた。

「うわー‼ ネコさんだ‼」

 シロは素早くしゃがみ込むと、猫と目線を合わせた。その表情は完全に緩み切っており、先ほどと同じ人物と思えないほどだった。

「この子は誰なの?」

 浮足立った感情を隠すことも忘れたシロに、クロは驚き少しひきつった表情を浮かべ、口を開いた。

「その子は、この辺にずっと住んでる猫だよ。たまにこうしてこの家に入ってくるんだ。気が済んだらふらりとどこかに消えちゃうけどね」

 シロは、クロの説明に「なるほどね」と、強く相槌を打った。

「この子に名前はあるの?」

「その子は『雫』って名前だよ。ここに初めて来たとき、雨上がりで雨粒が滴ってるような状態だったからこの名前にしたんだ」

 クロは少し懐かしむような、遠くを見つめるように視線を送った。

「そっか、なら『クーちゃん』だね‼」

 シロは猫の頭を優しく撫で始めた。猫もされるがままに、大きく欠伸をした。

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