【2章】黒百合

泉へ

「……おはよう。シロ」

 クロは眠気を覚まそうと、ゴシゴシと目をこすった。

「クロ。おはよう」

 シロはサッとクロの頭部から手を引いた。

「んー。今日は、なんだかいつもより、ぐっすり寝られた様な気がする」

 クロは猫のように目を細めると、思い切り伸びをした。

「そういえば、その服寝づらくなかった?」

 クロはシロを指さした。シロは、昨日汚れてしまったワンピースの代わりとして、クロの家にあった白いシャツと黒いハーフパンツを身に着けていた。

「全然問題なかったよ。むしろこっちのほうが動きやすいくらいかも」

 シロの返答に、クロは安心したような、優しい笑みを浮かべた。

「それなら良かった。それじゃあ出かける準備しようか」

 クロは立ち上がると、ベッドの下に置かれた、昨日の服やタオルを拾い上げた。

「私も持つよ」

 シロの申し出に、クロは「ありがとう」と返し、シロのワンピースを手渡した。渡された服は、以前に比べて少しカサカサと乾燥しているように感じた。

「他にも持つのに」

 シロは少し拗ねたような表情を浮かべた。そんなシロに、クロは微笑ましいものを見るような目を向けた。

「大丈夫だよ。これは私の物だしね。シロに悪いよ」

 クロは、シロに渡さないという意思を示すように、ギュッと強く服を抱きすくめた。

 しばらく視線を合わせて佇んでいた二人だったが、どちらともなく咳を切ったように笑い出した。

「わかったよ。今回は折れることにする」

 シロは、瞳の端についた涙をそっとぬぐった。今回はシロが諦めたが、また機会があればシロが多く持つという約束をした。

「荷物も持ったし、泉まで行こうか。服は早く洗わないと、乾くの遅くなっちゃうしね」

「そうだね。私も準備できてるし行こうか」

 クロが扉を開けると、外は明るくてシロは片手を防止のつばのようにして、まぶしさを軽減させた。

 今日は昨日とは違い、木々の立ち並ぶ森の方へと歩みを進めた。

 舗装された道はなかったが、草の生えていない、踏みしめられてできた道があった。

「ここって暗そうなイメージだったけど、思ったよりも明るいんだね」

 シロは先日のように、キョロキョロと辺りを観察していた。

「あんまりはっぱを密集させる木はここに無いから、この森は結構明るいね。それに、葉っぱが多くないおかげで、鳥とか小動物も見つけやすいよ」

 クロの助言に、木々の上に何かいないか探し始めた。シロはずっと目を凝らして探したが、結局、クロに「もうそろそろ到着する」と言われるまでに見つけることはできなかった。

「なにも見つけられなかったー」

 シロは少し残念そうな表情を浮かべた。

「それは残念だったね。やっぱり人間におびえて逃げちゃったのかもね。今日は二人だし」

 眉をハの字にして微笑むクロに、シロも同じ表情を返した。

「帰りにも探せるしね。さ、この藪を迂回したら到着だよ」

 シロは満面の笑みを浮かべ、ワンピースを強く抱きしめた。

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