29.悪夢
自分が赤みを帯びた土の上に感触もなく一人立っていると気づいたのは白い髪の少年と紳士やコウモリのやり取りが霧のように頭から消え去ったときだ。果てしなく広がる赤土の大地。
不気味なほど赤く燃え上がる夕日が、正面から照りつけて気分が悪くなる。長い時間見続けるのが、なぜか不安になる。
あれはきっと夕日じゃない。そんな気がする。もっと恐ろしい赤い物体の塊だ。具体的に、赤い物を思い浮かべそうになる前に、太陽から目を落とすと、土の表面から、ぷつぷつと赤褐色の点々が浮かび上がっているのが見えた。
わき水のように染み出してくる。足元を赤い血だまりが覆っていく。血だまりが僕に向かって大きな手を広げている。
あまりの現実感に、飛ぶように目を覚ました。夜の雨がしとしと降っている。今の恐ろしい夢が夢であったことに安堵した。
ジェルダン王に出くわしたことを思いだしたが、あのとき見た血のせいか? ずっと頭の隅に追いやっていた疑問が、糸で手繰るように引きずり出てくる。
ジェルダン王との出会いは偶然か? なぜあのとき血の中でも息ができたのか。分からないけど、喉が渇いた。まだ夢の中にいるような気分なので、隣のグッデを起こさないよう注意しながら、皮のカバンに手を入れて水を探す。中を探っていると、小さな瓶に触れた。
バロピエロからもらった、赤い薬の入った瓶だ。夢が鮮明になって、辺りを見回さずにはいられなかった。
夢をこんなに意識するなんてどうかしている。だけど赤い液体を直視していると、落ち着かない。ひょっとしてこの薬のせいかと思ったりもした。それ以上考えると、変な胸騒ぎを覚えたので、瓶を投げるようにしまった。
(今の何だったんだろう)
隣ではグッデが静かに寝息を立てている。
もう自分たちの町ホルストーンから離れて三日にもなるのに、不気味な夢を見るのだ。周りが赤い。空も、土も赤い。その中に、一人立っていると落ち着かない。そんな夢。
最後にはいつも辺りに赤い水が広がって、それが血ではないのかと確かめるのが恐ろしくなって目が覚める。おかげで日中眠気に襲われる。
今日も眠たい正午を迎えた。草むらはもう抜けて今は林の中だ。
「どうしたぼーっとして」グッデが食後のおやつに、前の町で買ったクッキーをほおばりながら言った。
「別に」
実はまだ、夢のことは秘密にしてある。僕は前の町で、グッデが屋台をうろうろしている時に買ってみた本に目を落とした。あの町では今話題の本で、ゾンビという緑色の生き物が出てくる怖い話だ。
ゾンビは体が腐っていて、目が片方なかったり、虫が体中にたかっている。なかなか怖くておもしろかったけど、今はただ視点を置いているだけだ。
すると、グッデに額を小突かれた。
「読んでねぇだろ」
苦笑するしかなかった。
「分かった?」
「だって目が動いてなかったぞ。また何か黙ってるだろ。心配事があるって丸分かりだぜ」
ここまで見抜かれていては白状するしかない。全く、どうしてグッデには隠しごとができないのかなぁ。
グッデは仁王立ちしてかっこつける。
「さぁ。あらいざらい吐いちまいな」
「分かった言うよ。ちょっと最近、夢で目が覚めるんだ」
「どんな?」
少し言葉に悩んだ。あの不気味な景色を何と言えばいいのだろう。
「赤かった」一言で言えばそうだ。グッデが笑い出した。
「おい、そりゃジェルダン王のこと心配しすぎなだけだろ。それ以外は?」
やはりグッデの言う通り心配しすぎなのだろうか? 白い髪の少年を夢でみたような気がするがもう時間が経ってしまってしっかりと思い出せない。
どうして夢というのは肝心のことが思い出せないんだ。重要だろう。グッデの問いに答えられないまま悶々としていると心配すんなと肩を叩かれた。
「じゃあ大丈夫だって。いざとなったら、魔法でも使えば何とかなるだろう。そうおれたちには今、全人類が羨む、魔法があるのだ!」
グッデはズボンのポケットから、赤い薬を取り出して一口飲んだ。バロピエロからもらったその日から、食後に朝昼晩と飲んでいる。
でも、図書館での出来事を最後に、一度も成功していない。しかし夢を見るようになってからは、薬に手をつけたいとは思わない。薬があの液体に見えて仕方がないのだ。夢の最後を飾る、真っ赤な血だまりに。
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