22.黄緑色の髪の男

「この薬、早速使うぞ」

「何だって?」


 思わぬ提案に戸惑っていると足に何かが絡まった。木の根に引きずられる。グッデが僕の足をつかんだ。でも、止まらない。二人して木の根に引きずり回される。激しく本棚にぶつけられて、廊下で擦りむいて、痛いとか言った気がするけれど、それでも止まらない! 


 階段の段差で何度も肘と膝を打ち、口の中も切り、バルコニーに放り出されたときには、あちこち痛むし、痣だらけだ。もんどり返ってあえいでいると、側にある大きな木が視界に入った。図書館を飲み込んでいる木の胴の部分だ。


 直径数メートルもある幹が、波打ちながら今もなお成長を続けている。葉の群れが大きな傘となって、空を覆い隠していく。その木のすぐ側の壁が回転し、猫背の男が出てきた。斧の男だ。今も斧を持っている。


「いつも通りで?」

「そうだね。二人とも殺して木に食べさせてあげて」


 やっぱり犯人はこいつだったのか。今まで訪れた人はこの図書館で殺されて、どうなったんだ? それに、隣の男は? 見慣れない男だが、一目で背筋が緊張した。黒で統一されたスーツ。ズボンの端からドクロのアクセサリーが覗く。


 ネクタイピンもドクロ。黄緑色の髪が目立っている。左右、別の靴を履いているため、歩く度に不ぞろいの音がする。どういうわけか、胸騒ぎを覚える。男の不適な笑みが誰かと重なる。


 思い出されたのは赤い炎の町。暖かく軽快な音楽が悲鳴でかき消されていく。家の前で立ち往生する自分の背後で、不意に止まる足音。浮かぶ笑み。長く垂れた白い髪が近づいてくる。全身を黒の衣装で固め、まとった鎖のアクセサリーが耳を打つ。あのときの白い髪の少年と雰囲気がよく似てる。


「じゃあ、よろしくね」


 黄緑色の髪の男が優しい声で微笑む。突然、窓でも開けたような突風とともに、瞬時にして姿を消してしまった。あいつは、何者だ! ただの人間ではない。バルコニーの隅で固唾を呑んで見守っていると、斧の男が異常な目つきで笑いかけてきた。


「さっきは、悪かったな。怖がらせて。痛くないようにしてやるから」

 男の伸ばした指が迫ってくる。このまま殺されるのか? 足がすくんで立てない。ジェルダン王に比べたら楽勝じゃないか。なのに、何に怯えているんだ。

「早く、こっちだ」


 グッデがバルコニーから飛び降りるぞと促している。引きずられてようやく立つことができた。

「どこへ行こうってんだい?」


 バルコニーから身を乗り出すと、針が飛び出す! いや、これは細く尖った木の葉や枝だ。この建物からは一歩も出られないということか。さっきの黄緑色の髪の変わった身なりの男が言っていたことが頭を過ぎる。木に食べさせる? 呪われた土地と関係があるのか?


 木々がざわめき、つるを伸ばし始めた。木々で隠れた空へと伸びていく。わずかに残っていた空の隙間から、図書館がさらに密林を広げていくのが覗ける。それが、外だけでなく、僕らにも襲いかかってきた。のけ反り、鞭打つ枝。切り裂く葉。


 いくら走っても、広いとは言えないバルコニーを逃げ回るのはとても簡単ではない。そこへ、斧を振り回す男が入ってくる。真横の手すりがきれいに斬られた。危うく、腕が斬り落とされるところだ。一息ついた矢先、今度は斜めから木の幹が体当たりしてくる。死ぬ思いで飛びのく。次は反対側から斧がきた。右によける。と、足元から溢れてきた木の根が足を引っかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る