21.魔法の薬
「ふふふ、初対面の方はたいてい、そういう警戒した反応をしますよ。悪いことではありません。私が信用ならないのでしょう?」
図星だっただけに、気まずい思いがする。長身のバロピエロは、僕らの背丈に合わせて腰を折って一礼する。
「それでは私はお暇しましょう」
「待ってくれ!」不服だとグッデの声が言っている。このまま帰らせれば良いのに。
斧の男よりバロピエロの方がましだろうが、どことなく関わりたくない。
「出口まで案内しなくてもいいけどさ。何かないの? 他の売り物とか」
グッデの考えも悪くない。変な商売に引っかかるより、こちらから持ちかける方がいいということだ。
「そうですね。では、最近手に入った商品を差し上げましょう」
そう言ってバロピエロが懐から取り出したのは、赤い液体の入った小瓶だった。それを一つずつ僕達に手渡す。
「魔法という言葉を信じますか?」
条件反射してバロピエロを見つめてしまう。これは望んでいたもの以上の収穫だ。
「これは魔法の元となる魔力の入った薬です。それを毎日少しずつ飲めば、多少は魔法を使えるようになります」
頭で思い描く、あの要姫の水の舞。あの弾ける水の輝き。一度動き始めた好奇心は止められない。頬が赤くなる。音楽以外にこんな暖かい感情が流れてくることがあるんだ。グッデが横でガッツポーズを送ってくる。ここ数日、悪運ばかりだっただけに、嬉しいできごとが起きてもいいのだろうか?
「もらっていいんですか?」
「もちろん。今回はお試しということで、ただにしておきましょう。ただし注意しておきますが、呪文を知らない内は何が起きるか分かりません。まあ色々試してみてください。それでは」
受け取ったのは赤い液体の入った小瓶。これがどれほどの効果をもたらすのだろう? 考えただけで夢のようだ。だけど、このときはこれが大変なものであることを知らなかった。
「あ、ありがとうございます!」
飛び上がりそうなほど、胸が高鳴って深く頭を下げた。どんな魔法が使えるようになるんだろう? 体から意識だけが漂って流れ出しそうな頭を持ち上げると、そこにバロピエロの姿はなかった。
「消えた」
ピエロも魔法を使えるのだろうか。
隣の古時計の秒針が八時一分を刻む。長居をしたつもりなのに、まだ一分しか経っていない。窓から入る隙間風が脇をすり抜ける。額が冷たい汗で濡れた。
「そういや、さっきから外がうるさいな」
グッデに言われるまで風の音だと思っていた。木の葉が擦れ合う音が大きくなる。木造の建物がきしみ出す。木の根が床を突き破って伸びてきた! 窓の外から木の枝が鞭打つ! ガラスが飛んで来る。
「わ! なんだよ突然!」
肝心なことを忘れていた。何故、もっと早く時計を見たときに気づかなかったのか。
「夜だ! 木が伸びる時間なんだ!」
斧の男やバロピエロを気にするあまり、木のことが現実から遠のいていた。元々、簡単に信じられる話ではないだけに余計だ。今度は、木の根が本棚を倒しはじめる。まるで何十本もうごめく様は、大蛇だ。
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