20.バロピエロ
「お困りのようですね」
斧の男かと思って飛び上がった。長身の男が背後に立っていたが、顔を見てさらに驚いた。額から鼻の頭を通り、口を半分に分けるように、顔の右半分が白、左半分が黒にメイクされている。
頭には黒のシルクハットを乗せ、それに似合う黒い紳士服をまとい、白の手袋をして分厚い本を持っている。ピエロに見えなくもないが、それにしてはどことなく怪しい感じだ。ほとんどない薄い唇に、黄緑色の口紅をして微笑んでいる。髪はおそらく丸刈りだ。髪が一本もシルクハットから見えないから。
「あなたは?」
男は微笑んだまま。表情を崩さないので気味が悪い。
「驚かせてしまったのであればこれは失敬」
とても抑揚のつけ方がうまい人物だ。
「ファントム?」
グッデがぼそっと言った。静寂の中、聞こえないわけがない。
「失礼ですね。どこを見てそうおっしゃるんですか」
男は手に持っている分厚い本をめくり出したと思えば、すぐに閉じた。
「失礼ですが、あなたは?」
男はやはり微笑んだまま答える。
「名乗るほどの者ではありませんが、バロピエロとでも名乗っておきましょうか。あなた方のお名前は?」
名乗ってくれたことだし、こちらも礼儀として名乗っておいた。
「それより君達はお困りじゃないんですか?」
「困ってると言えばそうなりますけど」
「少し時間をいただけますか? ここが物騒だということは知っています。ですが斧を集めている彼なら、今は離れたところにいますから大丈夫でしょう」
驚いたことに自称バロピエロは、さっきの斧の男の居場所を知っている。もしや斧の男と同じここの職員か? しかしピエロの格好で図書館で働いているとは考えにくい。
「私は誰からどんな依頼でも引き受ける仕事をしています。どうですか? この腐敗した図書館から脱出するお手伝いをさせていただくというのは? それなりに支払っていただかないといけませんが、今日は初対面ということで、無料にしておきましょう」
殺人鬼のいる危険な場所で商売とは驚いた。とんだ助け舟だ。しかし、この男を信用していいのだろうか?
本人はピエロと名乗るではないか。なのにピエロにしてはいまいち地味で、服が紳士なら顔のメイクはやめた方がいいに決まっている。第一、誰も生還できないような所で客を取ろうなんて無謀だろう。
「この図書館が物騒って知ってたんですよね? 何故ここに?」
怪しいと思ったことを率直に聞いてやった。しかしこの奇跡と呼べるチャンスを信じるグッデは嬉しそうだ。
「そんなの旅商人だからだろう? やっと外に出られるのに何を心配してんだよ?」
都合がよすぎると思うのは考えすぎだろうか。この男から感じられるのは、暖かい微笑みではない。もし、ピエロを本職としているのなら作り笑いは得意なはずだ。バロピエロの笑みで寒気がするのは僕だけなのだろうか。バロピエロの視線を感じた。赤褐色の瞳が笑っている。
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