08.血の津波
「何だ? 何だ?」
「分からない。開けるべきじゃなかったのは確かだけど」
どうしてこんな馬鹿なまねをしたのか。好奇心は、時に災いをもたらす。足元がひやりとした。水? 水は水でもただの水ではない。血だ! 扉の中から溢れてきた。さらに、藪がざわめく程の騒音が近づいてくる。状況が分からないので、闇の中を見つめる他なかった。近づいてくる。巨大な赤い、赤い、血の波が。
目を疑った。時折鈍い光沢を放ち荒れ狂う赤い波。こらえきれない衝動に駆り立てられるような勢いでうねり出す。後ずさりながら後悔した。門さえ開けなければこんなことには。
「まだ間に合う!」
グッデが門を閉めようとする。手が痛ましく赤く腫れ上がっている。手を貸したそのとき、門の中から伸びた何者かの手に腕をつかまれた。生暖かい血でできている腕だ! 液体でできているのに僕をつかむことができる。
「扉を閉めてもらっては困るな」
突風に交じって聞こえた低い声。誰かいる! でも人間とは言えない生き物か? 手をつかんでいた腕が液化して滴り落ちた。恐怖で動けない。手首に残る油っぽい血が、わずかにうごめいている。血が意思を持っているみたいだ。
「幽霊か今の? 駄目だ閉まらねぇ!」声が上ずっているグッデが門から手を放してしまう。自分も限界だ。こうしている間にも、血の津波はもう目の前に迫っている。見上げれば、それは確かに門の向こうの闇から現れたものなのに、門の外の世界へと出現している。門という枠を越えて迫っていた。何メートルも先にあるのに風で巻き上げられた血しぶきが顔に降りかかった。
それだけ波が高いのか。逃げようとして、再び門から現れた手にたった三歩で足を取られた。血が手を形作って足をつかんだのだ!「待て」
また、声を聞いた。はっきりと。もう泣きたくなってきた。しかし、涙なんて出る前に波に飲み込まれた。視界は一瞬にして赤に変わる。服も染まり、ねばり気で動き辛い。それでも何とか二人とも顔だけは血の水面から出した。押し出され、藪の草木といっしょに流される。このまま行くと、自分達の町も跡形なく流されるかもしれない。
グッデも流されている。妙に生暖かい血をかき分け、足で蹴る。それでも前に進んでいないことが自分でも分かる。どんどん遠ざかっていく。今にもグッデはおぼれそうだ。「グッデ!」
「バ、バレ後ろ!」
振り返るとさらに上から覆いかぶさってくる血の波がそこにあった。一瞬体が上に押し上げられるような波の力があり、頭上から波が叩きつけてきた。叫ぶ間もなかった。目がすごく染みる。体が水の底へと押されて沈んでいく。体がほてってくる。下に行く程、血が熱いのだ。あまりの高温に、声を上げそうになる。肌がひりひりと痛む。燃えていると勘違いするぐらい熱い。
熱くて熱くてたまらない。それに、息が続かない。血と言っても水には変わりない。息を止めておかないと死ぬ。でもやはり限界はある。苦しくなってきた。息を止めておかないといけないと、頭では分かっていても体が空気を求めている。上に行きたい! 上に。上にある空気を吸いたい。苦しい。もう駄目だ。限界だ。
吸ってしまった。
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