07.北の門

  藪に入ったところでグッデが目的地を訪ねてきた。太陽の光が穏やに陰っていく。

「火をつけた犯人を探す」

「放火だったのか?」


 あまりに大声を出されたので、慌ててグッデの口を塞いだ。まだ古民家が一つ近くにある。誰かに聞かれてもいいけれど、またこの町の人間にそんな悪い人はいないと言われると少し腹が立つから。


「分からないよ。その犯人らしき男と、僕の体の異変に何か関係があると思うんだ」

 首を傾げるグッデには理解できないようだ。


「それでおまえが納得するならいいけどな。じゃあ早く行こうぜ」と、駆け出した。どこに向かうつもりか? 


 ここは町の人もほとんど立ち寄らない藪だ。北にまっすぐ向かったつもりだけれど、ここから先の道は町の人も知らないので何が出るやら。急に大声で振り返るグッデ。まさかと思った。


「今何月だ?」

「八月。夏だよ」


 おじいさんの言葉が蘇ったが、そんな都合よく北門に出会えるのか? 警戒しつつ、一歩二歩と、グッデに近づく。


 ニメートルはある鉄製の門が雪に紛れて身構えていた。雪の中、堂々と存在感と威圧感を示している。まるで誰かが開けるのを待っているようだ。


 門は立っているだけだった。どこに入るわけでもなく、一つだけぽつんと立っている。後ろに回ることもできる。裏も表も文字のようなものと装飾が施してある。真っ赤な炎と、赤い羽根が合わさった絵柄だ。


「ここから出るのか? 通らなくても向こうには歩いていけるのにな。でもものは試し、中入ってみようぜ」


 門の上に積もった雪を眺めながらグッデが独り言をする。うわの空のグッデが門をくぐることを本気で考えていると気づいたときは、遅かった。


 グッデの指が鉄の扉部分に触れたときには火花が散ったのが見え、グッデが熱い熱いと叫んでいる。指が吸いつくようにドアノブに握られ指に白い水ぶくれができている。

「何やってるんだよ!」


 半ば、グッデの指が本当に焼けたとは思っていなかった。グッデが苦戦しているので門から引き離してやると、グッデが悔しそうにわめいた。


「だって、嘘臭いだろ。まさかこんなに熱いなんて思わなかった」


 とにかく、こんな危ない門から出るなんて馬鹿げている。開かずの扉の存在を確認できただけでも手柄だろう。さあ、もう行こう。と、言いかけたとき、風の音が聞こえた。門の隙間から吹いている。脈打つように、誰かの言葉のように。途切れ途切れに。え、確かに聞こえる。ここを開けて欲しい?


 自分でも愚かなことをするものだ。グッデには開けられなかった扉。僕なら開けられるんじゃないだろうか。熱いと分かっていて門を開けようとするなんて本当馬鹿げているけれど少し我慢すれば傷は元通りに戻る自信がある。


 触れた瞬間から、掌が焼けついていくのが分かる。ぐっとこらえたけどやっぱり駄目だった。叫んでしまったときにはドアノブが僕を引き寄せて離さない。そんな嘘だろう。

「バレやめろ! そこまでしなくていい! おれが悪かった!」


 限界が近くなった頃、門が勢いよく開いた。焼けただれた皮膚が冷気でうずく。だが、予想していたとおりにすぐに傷は治っていく。こういうときは便利な体かもしれないが、吐き気を催すぐらい気味が悪い。もう少しで皮膚がただれて垂れ下がるところだったのだ。


 こんなに苦労して開けたのに、門の外は意外とのどかな雪野原だった。


「何もねぇのかよ」


 落胆の声を上げるグッデ。そんなはずはないという確信があった。グッデのその言葉を発端に、門の奥に見えていた銀世界が真っ暗になった。こっち側の空が血の色に変わる。


 積もっていた雪が一斉に溶け出した! 赤い水蒸気を上げて空に蒸発して昇っていく。鼻がもげるような臭いがする。

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