第28話 幼馴染(2)

「やあ、楽しそうなことしてるね」

 烈矢の背後から、場違いに陽気な声が響いた。

 声の主は勿論架河森薄荷で。驚いて振り返った烈矢ににっこり笑いかけると、彼女は手にしていた円筒状の小瓶の蓋を親指で弾いて開けると、中身を烈矢にぶちまけた!

「ぎゃあああ!!」

 無数の白い粒が当たった途端、烈矢は両手で顔を覆い、地面を転げ回った。まるで熱湯を浴びせられたかのようなリアクションだ。

 絞めつけを外された俺は、音を立てて息を吸い込む。一瞬、死んだばーちゃんが対岸で手を振ってるのが見えたぞ。

「大丈夫? 句綱君」

「……無理」

 飄々と見下ろしてくる架河森に、俺はうずくまってせながら返す。喉が痛い。死にかけた、比喩でなく物理的に。

「烈矢は?」

しわがれた声で訊くと、架河森は顎をしゃくった。示す先には烈矢が地面にへたり込んでいて、ぼんやりと虚ろに空を眺めていた。

「おい、烈矢」

 肩を揺すってみるが、されるがままに体を揺らすだけで反応がない。身も心も脱力状態みたいだ。

「れつ……」

 顔を覗き込んだ瞬間、半開きになっていた烈矢の口から、ポロリと黒い物が落ちた。地面に転がった小さなは、多い脚を緩慢に動かして……!

「ひっ」

 俺が飛び上がる前に、架河森がダンッ! とそれを踏みつけた。それから足をそろりと離すと、黒い物の上にまた瓶の中身を振りかける。

「さっきから、何かけてるんだ?」

 尋ねてみると、架河森はドヤ顔で持っていた瓶を突き出した。

「コレだよ」

 跳ね上げ式のキャップのついた手のひら大のガラス瓶には、『食塩』のラベルが貼られていた。俺は目が点になる。

「……塩?」

「魔除けにいつも持ち歩いてるの。効いてよかった」

 さすが、怪異の嫁。ってか、

「なんでそんな容器に?」

 まんまご家庭のテーブルに置いてありそうな品じゃないか。俺の疑問に架河森はさらりと、

「以前は高い雪塩をジッパー付きのビニール小袋に入れてたんだけど、持ち物検査で見つかって大騒ぎになったことがあって。それで瓶タイプにしたの」

 ……それはさぞかし教職員を震撼させたことだろう。

「まあ、どっちも塩化ナトリウムだから効果は同じだしね」

 成分の問題なのか。

「しかし、なんで塩で烈矢がのたうち回るんだ? これも嘘告と関係あるのか?」

 小学生の頃、一緒に海水浴に行ったことがあるから、烈矢が塩に弱いなんてこともない。訝しむ俺に、架河森は「うーん」と首を捻った。

「私、勘違いしてたのかも」

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