第26話 告白(6)

 すっかり暗くなった駅前通りを歩いていく。

「なあ、サンショウ様って土地神なんだろ? 別の土地に居ていいのか?」

 道すがら、なんとなく疑問に思ったことを訊いてみる。

「婚礼の儀の後は嫁に憑くから平気みたい。嫁が死ぬか五十年経つと祠に戻るの」

「五十年って……めとられた嫁はどうなるんだ? 生贄として食われたりしないのか?」

「サンショウ様はそんなことしないよ。嫁は嫁。ただ一緒にいて、嫁とその血族にご利益を与えてくれるだけ。でも、浮気はダメ。サンショウ様の存在が薄れてきた頃、嫁になった人がサンショウ様と結婚したまま別の人と籍を入れようとしたんだけど、役場に行く途中で雷に打たれて死にかけたって」

 ……サンショウ様は嫉妬深いらしい。まあ、嫁が重婚(?)したら普通に嫌だが。

「五十年経つと嫁はどうなるんだ? 死ぬのか?」

「まさか。ただ婚姻の任が解けるだけ。昔は平均寿命が短かったから五十年を待たずに亡くなった人が多かったけど、一、二代前は生きてお役目を終えてる。この五十年というのは三百年続くうちにサンショウ様と架河森家の『契約』になっちゃったみたいで、嫁の生死に関わらず期間は変わらない。ここらへんは人外の道理だから、現代の倫理観を説いても無駄だからね。ちなみに、婚姻の任が解けても嫁へのサンショウ様の加護も変わらない」

「加護?」

「サンショウ様と結婚すると、とにかく金運が上がるの。たとえば……」

 架河森はキョロキョロと辺りを見回すと、「みっけ」と声を上げて街路樹の脇にしゃがみこんで、落ちていたA4サイズの茶封筒を拾い上げた。封筒には切手や宛名などはなく、下の方に会社名と住所が印字されているだけだ。

「なんだ、それ? 不審物か」

「さあ? とりあえず、この会社に届けてみようか」

 住所はそれほど遠くない。五分ほどで目的地に到着した。

 封筒の会社名と同じ看板の立てられた建物の前ではスーツのサラリーマンが一人、スマホを手に真っ青な顔で右往左往していた。

「すいません」

 とても話しかけられる雰囲気ではない彼に、空気を読まない架河森が呼びかける。

「これ、拾ったん……」

 言い終わる前に、サラリーマンは血走った目で封筒を引ったくった。震える手で中身を確認すると、途端にへにゃりと脱力して地面に尻をついた。

「よかった。全部ある。よかったぁ〜〜〜〜」

 封筒を両手で抱きしめ半泣きで空を仰ぐと、サラリーマンは涙目を架河森に向けた。

「届けてくれてありがとう! これ、お礼に」

 上着の内ポケットから財布を取り出し、札を架河森に押し付ける。

「そんな、私はただ落とし物を拾っただけで……」

「いいから受け取ってくれ。君が届けてくれなかったら、僕はクビになっていたよ。あ、この件は内密にね。助かったよ!」

 スキップで建物内に消えていくサラリーマン。残された架河森は、一枚の諭吉を片手に「ね!」と微笑んだ。

「なにが『ね』なんだ?」

「こういうことだよ。サンショウ様と結婚してから、やたらと謎の収入があるの」

 不敵な笑みを浮かべ、彼女は紙幣をポケットに仕舞う。

 そういえば、架河森家は相場師で財を成したって言ってたな。天候を操り、金運を上げる。サンショウ様はなかなか役に立つ神様のようだ。

「じゃあ、宝くじも当たるのか?」

「当たると思うけど、反動が大きそうだからやらない。弱ってるサンショウ様の力を使い切ったら怖いし」

「案外欲がないんだな」

「私の目的は、あくまで旦那様とのラブラブ新婚生活だからね」

 はにかんだように、架河森が嘯く。

「どん底だった私の家族を掬ってくれたのは、サンショウ様の存在。だから私は、五十年間彼に尽くすと決めたの。でも一人じゃやっぱり寂しいじゃん? だから私が旦那様の姿をの。そのためなら何だってやる」

 その決意は、間違いなく狂気だ。

 ……面倒くさいことに巻き込まれてしまった。だが、最後まで見届けたい気持ちもある。

「そういえば、婚姻の任が解けた花嫁はどうしてるんだ? 先代は生きてるんだろ?」

「勿論。今の66歳は若いよ。青春を取り戻すって世界一周旅行してる。去年架河森家が傾いた時も、先代の金運は健在だったみたい」

 どう捉えていいのか分からんが、これが三百年続く架河森家の伝統で、現在の倫理観で部外者に口を出す余地はない。

「せっかく臨時収入あったし、ラーメン食べて帰ろうか、句綱君。奢るよ」

「妙な事件に協力させる割には、報酬が安くね?」

 遠慮なく奢られるが。

 数時間前、命を狙われたとは思えない飄々とした同級生の後を呆れたため息をつきつつ付いていく。

 そんな俺達の後ろ姿を見つめる目があるなんて……その時は気づきもしなかった。

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