第20話 架河森家(2)
「代野家は善良な一般家庭だったんだけど、ある日、親が連帯保証人になった友人の会社が倒産、友人失踪で結構な借金を背負っちゃったの。当時私は中三で、私大に通う兄もいた。当然、子どもの学費が払えなくなるわけで、兄は退学、私は高校受験を諦めることになった……んだけど。そんな時、タイミングよく架河森家から打診があったんだよね。『娘を嫁にもらいたい』って」
愉快な声色で痛ましい話をする。
「話が来たのは、今年一月。私は家族の生活の保証と自分の進学を条件に、架河森家の誘いを受けた。このままじゃ一家離散だったしね。まさに渡りに船だよ。で、架河森家と養子縁組して、三月の誕生日を待って晴れて『架河森薄荷』としてサンショウ様に嫁いだわけよ。婚姻の儀が終わったら架河森家は持ち直して、借金もなくなって兄の学費の心配もなし。みんな幸せ!」
……やっぱり法的ではない事実婚ではないか。しかも相手には戸籍がないし。
「既婚と言い張る理由は分かったが、『略奪女』というのは?」
「去年サンショウ様に嫁ぐ予定だった本家のお嬢様が流した噂。彼女、結婚を拒否したことで親戚筋からめちゃめちゃ詰められたみたいでさ。しかも名前も知らなかった分家の子どもが妹になった上に『花嫁様』ってチヤホヤされちゃって。思いっきり逆恨みしたみたい。お陰で『同じ家に置けない』ってことで一人暮らしを許されてるんだから、私的にはラッキーだけど」
ドヤ顔の彼女に、俺は自分の眉間にシワが寄るのを感じた。立て板に水で話されても、『土地神様の嫁』なんて信じられるか。俺をからかっているのか、それとも妄想癖か。
「この話って、オカルトなのか?」
一応、確認してみるが、
「ジャンル的には、ほのぼの異類婚姻譚じゃない?」
「どう考えても因習村系だよ」
認識の隔たりが深すぎる。
「具体的に『サンショウ様』はどんな存在なんだ? 意思疎通はできるのか?」
めんどいので、とりあえず信じた
「架河森の家に入った時、文献を見せてもらったんだけどね。初代の嫁の時はサンショウ様には実体があって、人と同じ様に生活していたらしいんだけど。三代目からは影しか見えなくなって、五代目の頃からはすっかり姿がなくなっちゃったらしいの。近代化が進んで不便な村は廃れ、祠を祀る人が減ったせいで神力を維持できなくなったんだと思う。でもね……」
架河森は右手で自分の左肩を愛おしそうに撫でた。
「廃村の森の奥にある祠で婚姻の儀をした時から感じてる。ここにサンショウ様がいるって」
確信に満ちた声は、架河森は本気で『サンショウ様』の存在を信じている証拠だ。
「あ、そうだ。私の旦那様は今のところ実体がないから、『寝取った』ってのは嘘だからね。尾ひれがついただけ。略奪女まではギリセーフだけど」
セーフでいいのか、それは?
あまりにも非現実的で馬鹿馬鹿しい話。それでも頭ごなしに否定できないのは、架河森薄荷の名字が変わっている事実と、もう一つ。
「じゃあ、俺が見た奴は誰だ? 背が高くて黒い男」
ぼやけていてよく見えなかったが、確かに架河森にぴったり寄り添っていた。だから俺はあいつが架河森の旦那だと直感したのだが……。『サンショウ様』が『見えない存在』なら、別人ということになる。
またも不可解の迷路に嵌りそうになる俺に、架河森は悪戯っぽく微笑んだ。
「では、次の話題に移ろうか」
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